封じられた魔力②

「……アンタは」

「ククク……どうやら覚えていてくれたみたいだね」

「……いや、すまん。ちょっとわからん」

「なっ!」


 全くと言って良いほど、その顔には心当たりがなかった。正直にその事を伝えると、白衣の男の顔から丸眼鏡がずり落ちる。


「キ、キミは魔王軍だったくせに僕の事を知らないのか!?」

「そう言われてもだな……。知らないものは知らん。なあ、ミアはわかるか?」

「さあ?ボク基本的にご主人以外の魔王軍の人って、点と線の集合体にしか見えなかったし」

「それはそれでどうかと思うぞ?」


 男は、俺達の反応にプルプルと体を震わせる。そして、白衣を翻すと胸に手を当て声高らかに自己紹介を始めた。


「僕の名はフロイデ!魔王軍の頭脳にして、技術開発局の局長だ!」

「……技術開発局?確か、魔道具の研究開発をしている機関だったか?」

「……んー、確かに眼鏡の偉い人がいた気がするよ」


 それでもなお煮え切らない様子の俺達に諦めたのだろう。フロイデと名乗る男はこちらから顔を背けると、今度はイツキに向かって偉そうに人差し指を突きつける。


「ふん、まあいい。……だが、勇者よ!貴様は僕の策によって魔力を遮断された!この意味がわかるかい?」

「あら?魔法が使えないくらいでアタシを倒せるとでも思ったのかしら?……安く見られたものね」


 イツキが黒剣を構えた。だが、フロイデは驚くことなく、肩を震わせクスクスと笑っている。


「全く、これだから馬鹿は困る。物事の本質をまるで理解していない」

「ああん?」

「僕はキミの魔法を封じたかったワケじゃあない。キミの魔力を封じたかったんだよ」

「何が違うのよ、このキモロン毛」

(イツキの魔力が遮断されて困ること……?)


 俺は思考を巡らせる。その中で一つの可能性が浮かび上がった。


「……そうか。しまった!」

「おや、やはり元四天王殿はおわかりになったようだ」

「ちょっとツヴァイ、どういうことよ?」

「魔力の枷は使用者の魔力とリンクさせることでその効果を持続させることができる。逆に言えば使用者の魔力がなくなれば枷はただの鉄屑になる」

「……それがどうしたのよ?」

「お前との魔力が遮断されたことで、が枷から解放されるんだ!」

「……あっ!」


 パーティ全員の頭にある人物の姿が浮かんだハズだ。骸骨の様に痩せこけた体に、巨大な鎌。ニヤニヤと不気味に笑うその姿は今でも脳裏にしっかりと残っている。

 俺の後釜にして、新四天王・神出鬼没のフュンフ。奴に着けた魔力の枷がこの瞬間、フロイデによって無効化されたのだ。


「ちょっと、マズイんじゃない?」

「ああ!ヤツの瞬間移動テレポートは厄介だ」

「よぉ~やく気付いたか、この低偏差値どもが!もともとフュンフ君はこの僕の推薦で四天王になったんだ。アイツがキミ達に飼い殺しにされた時はどうしたものかと焦ったが、そんなアクシデントさえも作戦に組み込んでしまえるのが、僕のこの頭脳さ」


 ゲラゲラと下品な笑い声をあげるフロイデ。そんな奴を無視して、俺は仲間達に指示を飛ばす。


「ここからリマの町はかなりの距離がある。だが、ヤツの固有魔法をもってすればすぐに飛んで来れるハズだ!各自、不意打ちには十分注意して……」

「ククク……」

「何がおかしい」

「元とはいえ、四天王ともあろうお方がなんとも見当外れなことを仰る。……と、思ってね」

「回りくどいヤツね。結局何が言いたいのよ?」


 苛立った様子でフロイデを睨み付けるイツキ。そんな彼女をさらに煽る様に、ヤツは丸眼鏡をぐいぐいと押し上げた。


「人間の国を落とすのに、勇者キミの命はいらない。戦争において駒同士を正面からぶつけるのは馬鹿のすることさ」

「……まさか!」


 嫌な予感が背筋に走る。そんな俺を嘲笑うかのようにフロイデは人差し指をこちらに突き付けた。


「ご明察!僕の狙いは勇者のいなくなった王都さ!今、リマの町には僕の部下達が押し寄せているハズ。そして彼らは魔力の解放されたフュンフ君と合流、その能力をもって一気に王都へと攻めこむんだ。ククク、いくら人間の王の警備が厳重だとしても、文字通り神出鬼没な彼の襲撃から逃れることは出来まい」

「……!」


 王の危機。その瞬間、イツキは即座に振り向くと仲間達に呼び掛けた。


「カタリナ!ラウロン!今すぐリマに引き返すわよ!」

「「はいっ!」」


 本陣が危ないのなら、直ぐに救援に向かう。それは戦いにおいて当然の行為である。だが、それはあくまで引き返せる距離ならばの話である。リマの町から何日もかけここまで来た俺達にとって、その提案は無謀という他なかった。


「待てイツキ!いくらなんでも間に合わん!」

「でも……」

「そうですよ、低偏差値。あなたもそこの元四天王のようにさっさと諦めなさい」

「俺は別に諦めたワケではない。現実的な方法を考えてるだけだ。例えば……、技術開発局長殿に作戦中止の号令を出してもらうとかな」


 ゴキゴキと拳を鳴らす。だが、フロイデは動じることなく人差し指をチッチッと左右に振った。


「無駄だよ、野蛮人。もし僕が死んだとしても作戦は続行だ。そう伝えてある。……そんなことよりホラ!キミ達も一緒に人類敗北の瞬間を見ようじゃあないか!アハハハ!」


 狂った様に高笑いをすると、フロイデは白衣のしたから水晶玉のような物を取り出す。そしてそれを、そっと地面に転がした。


「これは僕の開発した魔道具でね。遠くの景色を映すことができるスグレモノさ。四天王の一人、アインスの固有魔法『千里眼ホークアイ』を擬似的に再現した物といえば分かりやすいかな?」


 地面を転がる水晶玉がピタリと止まる。そして、その玉は上部に向かって放射状の光を放った。

 光の中に映像が見える。そしてそれは徐々に鮮明になっていく。


「こ、これは!?」


 俺達の目に写った光景。それは荒れ果てたリマの町と、そこに佇むフュンフの姿だった。

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