5章 魔導機士シャーデンフロイデ

封じられた魔力①

 四天王最後の一人、古今無双のフィーア。彼女のいるとされる火山地帯を目指し、俺達は歩みを進める。


「ね~、お腹空いた~。ご飯にしましょうよ~」


 イツキは体をユラユラと揺らしながら、ぶつくさと文句を垂れる。


「勇者殿、昼にはまだ早いですぞ?」

「えー!いいじゃないの!減るもんじゃないし」

「減るだろう!この大飯食らいが!」

「乙女に向かってなんてこと言うのよ!ツヴァイ!」

「本当のことだろう!貴様、ヒルダさんの弁当をカタリナのぶんまで食いおって!」

「ツ、ツヴァイ様。私は大丈夫ですから……」

「いや、カタリナ。ここはガツンと言うべきだ。でないとまた……ん?」


 腕を振り上げ憤る俺の目に、奇妙なモノが写る。あれは……子供?


「えーん、えーん」


 道の端にうずくまり、小さな子供がわんわんと泣いていた。


(……妙だな?)


 この近くには町がない。それにかなり狂暴な魔獣だってうろうろしている。そんな場所に子供が一人でいるなど、怪しいという他ない。だが、俺が言葉を発するより早くカタリナがその子供に向かって歩き出していた。


「大丈夫ですか?ボク?良ければお姉ちゃんに……」

「うわぁーーん!」


 その子供はカタリナに向かって走り出すと、彼女の腕をするりと抜け、後方でフラフラと歩くイツキに抱き付いた。


「お姉ちゃーん!怖かったよー!」

「あら?わかってんじゃない、この子供。ほーら、お姉ちゃんよー!」


 子供に頼られたのがよっぽど嬉しかったのか、イツキはその子を抱き抱えると勢いよく左右に揺すった。


「…………」


 一方、子供に無視を決め込まれたカタリナは悲しそうな表情でそのやりとりを見ている。その光景に堪えかねたミアが、声をかけた。


「お、お姉ちゃん!ボクはお姉ちゃんの方がいいなー!ね?」

「ミ、ミアちゃん!」


 感極まったカタリナはミアに抱き付くと、彼女を愛玩動物のように撫でまわす。


「くすぐったいよ、お姉ちゃん」

「ミアちゃんはやっぱりいい子ですね~」


 そんなやりとりを後ろから見ていたラウロンがぼそりと呟いた。


「……妙ですな」

「!!……やはりそう思うか、ラウロン」

「ええ」


 神妙な面持ちで彼は頷く。


「カタリナ殿は母性の塊の様な人物。その彼女を差し置いて、少女の皮を被った山賊である勇者殿を選ぶなど……到底考えられんのじゃ」

「……確かに」

「聞こえてんのよ!アンタ達!」


 怪しい子供を抱えながら、イツキはこちらに怒号を飛ばす。


「言わせておけば好き勝手言ってくれるじゃない」

「いや、イツキ。それを差し引いてもこんな所に子供が一人でいるのはおかしくないか?」

「きっとやむにやまれぬ理由があんのよ。ねーボク?」


 手元の少年に笑いかけるイツキ。だが、次の瞬間。


『ガチャン!』


 無機質な高音が辺りに響いた。その音の発生源は、どうやらイツキの首もとからしているようだ。


「……おい、イツキ。それは」

「……魔力の、枷」


 着用した者の魔法を封じる魔道具マジックアイテム、魔力の枷。リマの町に置いてきた新四天王、フュンフにも装着されているその首輪が、イツキの首にもガッチリとはめられていた。


「へへ!大成功!」


 イツキに魔力の枷をはめた子供は、一瞬にして彼女の腕から抜け出すと、一目散に駆け出した。


「待て!」


 俺はその子供を追いかけようと足に力を込める。だが、それを遮るように俺達の前に一人の男が姿を現した。


(一瞬で目の前に……転移の魔法か?)


 たじろぐ俺とは対照的に、逃げ出した少年はその男に元気よく話かけていた。


「おじさん!僕ちゃんとやったよ!」

「ああ、よくやったね。約束通りあとでお小遣いをあげようね。モチロン、君のような貧乏家庭じゃ考えられないくらいの小遣いをね」

「ホント!約束だからね!?」

「ああ。ホントだとも。ホラ、……受け取りなさい!!」


 男はそういうと傍らにいた少年を蹴り飛ばした。そして、驚きのあまり硬直する少年を今度は何度も踏みつける。


「ガキが大人に金をせびるなんて百年早いんだよ!」

「た、助けて!」


 俺は咄嗟に防壁で少年を守った。その拍子に、彼を踏みつけていた男がバランスを崩す。


「おっとと」

「うわぁーーん!」


 その隙をついて、少年は逃げ出した。その足の速さは凄まじく、数瞬の後にはその姿さえ視認できなくなっていた。


「チッ!まだ教育の最中だったのに……まあいいさ」


 白髪の混じった長髪にシミだらけの白衣。そして不気味なほど長身のその男は、分厚い丸眼鏡をクイッと人差し指で押し上げるとニヤニヤとこちらに笑いかけた。


「勇者イツキ。君の魔力はその魔力の枷で封じさせてもらったよ。……そして、『元』四天王のツヴァイ。僕のこと、覚えているかな?」


 瞳孔の開ききったヤツの目を睨み返しながら、俺は記憶の糸を一つ一つ探っていった。

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