第40話 イーシュ辺境伯side


「聖母だ……」「……いや、女神だ」

そんな声が騎士達の中から聞こえた。

その勇ましい姿に、自分も心を揺れ動かされていた。


ヴィクトリアが怪我をしたのは分かっていた。

本当は今すぐに医務室に連れて行きたかったが、自分がこの場を投げ出すわけにはいかなかった。

そして侍女長も説得していたが、ヴィクトリアは訓練が終わるまで子供と遊んで平然と過ごしていた。


普段は辺境に居て、国境を守りながらも領民達が幸せに暮らせるように尽力していた。

そして月に一度、城で騎士達やワイルダーの息子達に剣術を指導して、幼馴染三人で話してから辺境に帰る。

そんないつもと同じ変わらない日に、新しい風が突然吹き込んだ。


訓練が終わり、侍女長に手を引かれるヴィクトリアを見てすぐに動いた。

体を抱え上げて医務室に向かう途中、ヴィクトリアは自分の汗臭い手拭いを欲しがり、顔を胸元に張り付けて匂いを嗅ぎたいと言わんばかりに息を吸い込んでいた。

予想もしないヴィクトリアの行動に振り回されて拒絶するものの、何故か落ち込まれる始末。

たたでさえ女性が考えている事が分からないのに、更に歳が離れた娘と言えるような令嬢の考えることは、もっと分からない。

そしてヴィクトリアはくぐもった声でもう一度此方に問いかけた。



「目の前に好物のサンドイッチがあったら……辺境伯はどうされますか?」


「…………っ」


「…………」



無言の圧力に耐えかねて、口を開く。



「……た、食べる」



そう答えるとヴィクトリアはむくりと体を起こした。

やっと満足したのかと勝手に解釈して包帯とアルコールを持ちにいこうとした時だった。



「ーーーーそうッ!!!食べるのですわッ!!!!!!」


「!?!?!?」



突如、手拭いを両手で掴まれてヴィクトリアの顔が間近に迫る。

あまりの驚きに椅子からベッドに手をついた。

手拭いを離さないヴィクトリアに、つられるようにしてヴィクトリアの体を挟むようにして腕をつき、上に覆いかぶさってしまう。

ヴィクトリアの甘い花の香りがふんわりと鼻腔を掠め、顔に熱が集まっていく。



「目の前に汗に塗れた手拭いがあったら嗅ぐのですッ!!!!!サンドイッチと同じですわッ」


「~~~ッ!!ヴィクトリアッ」


「わたくしの手拭いへの愛を、ご理解頂けましたかッ!」


「分かった、分かったからっ……!はやく離してくれッ」


「ふぅ……全く」



まるで汗臭い手拭いを嗅ぐことは好物を食べることと同じ原理だと平然と言い張るヴィクトリアに戸惑ったが、今はこの状況をどうにかしなければと必死だった。

こちらが納得したと思ったのか、ヴィクトリアの体はそっと離れた。

そしてキラキラした瞳で手を出して待っているではないか……。



「どうせならば、若い男の方が……!」


「はい……?」


「だから、その……騎士達も汗をたくさんかいているッ!」


「イーシュ辺境伯は……っ、イーシュ辺境伯は何も分かっておりませんわッ!!!


「…………ッ!?!?」


「ーーーーわたくしがイーシュ辺境伯の魅力についてたっぷり語って差し上げますから、そこに座ってくださいませッ!!!!」


「いや……それより怪我を」


「こんな擦り傷よりも、わたくしの心の傷を塞ぐ方が大切……………そうは思いませんか?」


「……っ」



まさか自分が、こんな風に説教をされる日がくるとは思わなかった。

それから三十分以上も自分のどこが素晴らしかったのか、どこが好きなのか、年上の魅力について。

そしてワイルダーの可愛いエピソードをすごい早口で聞かされる羽目になったのだった。



「お分かりになりましてッ!?!?」


「……これは褒められているのか?」


「勿論ですわッ!!」



目が血走ってるヴィクトリアはとりあえず満足したのだろう。

気持ち良さそうにフーッと、息を吐き出した。


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