第39話
「な、なんだ……!?」
「ーーーわたくしに、わたくしにっ、その汗を拭いた手拭いをお恵みくださいませ!!!」
「……………………は?」
「ああ、勇気を出して言えたわ……!わたくしったら大胆ですわよね!恥ずかしい」
クネクネと体をよじるヴィクトリアにイーシュ辺境伯からの冷たい視線が降り注ぐ。
しかしそれを気にすることはなく、ヴィクトリアは手拭いを受け取るために、そっと両手を前に出した。
わくわくしながら待っていたが、何故か再び体が浮いた。
「あれ……?」
「…………」
まさかのまさか……腹部に感じる違和感。
米俵を抱くようにして抱えられたヴィクトリアの手足はブラリと下へ。
そのままバタバタと体を動かした。
「イーシュ、辺境伯……!?」
「……………さて、行こう。怪我を手当てせねば」
「あのっ、あの……!せめて手拭いのお返事をッ!」
「やらん」
「そんないやらしい事に使おうなんて、これっぽっちも思っておりませんわ!!ただちょっと、ほんのちょっとだけ堪能した後に……そう!洗濯……ッ!!わたくしが洗濯して差し上げたいと思いっ」
「いらん」
「では今だけ少し……ッ」
「やらん」
「……お恵みをっ」
「しない」
「そんなああぁあぁあぁぁっ……!」
廊下にヴィクトリアの悲鳴が響き渡ったのだった。
いくら手拭を強請っても「いらん」「やらん」と拒否されてしまう。
ズン……と落ち込んで項垂れるヴィクトリアの手足はブラブラと揺れて、まるで壊れた人形のようである。
そこにイーシュ辺境伯の強面と近寄り難い雰囲気に、誰もが彼に道を譲った。
なんとか医務室に到着してイーシュ辺境伯がヴィクトリアを下ろす。
ベッドに座りながら力が抜けていく、ヴィクトリアはベッドに、めり込むようにして倒れている。
「おい……足と手を出せ」
「………………ぐすっ」
「はぁ……何故こんな汗臭い手拭いを欲しがるんだ」
「なら、お伺い致しますが、イーシュ辺境伯は……目の前にサンドイッチがあったら、どう致しますか?」
「サンドイッチ……?」
「大好きだと陛下から伺いました……サンドイッチが好物だと」
「……あぁ、まぁそうだが」
「だから今日、イーシュ辺境伯の為に早起きしてサンドイッチを作りましたわ」
「まさかッ、ヴィクトリアが作ったのか?」
「はい、そうですわ」
「貴族の、令嬢が……何故」
「イーシュ辺境伯や騎士達に喜んでいただきたくて」
「俺に……?」
長い髪でヴィクトリアの表情は伺えない。
かなり落ち込んでいる彼女を見て、表情は取り繕っていたものの、かなり困惑していた。
この質問に答えなければいけないという、ただならぬ圧を感じていた。
(何故、手拭いからサンドイッチの話になるんだ?それにあの量を作ったというのか?騎士達のために……?)
ますますヴィクトリアの目的が分からなくなった。
この顔のせいか昔から怖がられて、ろくに令嬢と話したことがなかった。
辺境で剣ばかり握っていた自分と、ドレスに宝石、パーティーが好きな令嬢達と合うはずがないのだ。
しかし、こちらに怯えもせずに何故か友達のような距離感で純粋な好意を向けてくるヴィクトリアに翻弄されていた。
勿論、完璧令嬢と言われておりバリソワ公爵の長女でジェイコブの婚約者であるヴィクトリアのことは知っていた。
しかし今日、彼女は城の侍女の格好をしてサンドイッチを作り騎士達に配っていた。
こんなことが『普通の令嬢』に出来るはずもない。
そして騎士や子供を守るために「誰も悪くない。自分のせいだ」と柵の補修を提案し、見事に場を収めた。
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