第27話 ラクレットside


ラクレットとイライジャはヴィクトリアが去って行った医務室で立ち尽くしていた。

沈黙の中、イライジャがポツリと呟いた。



「あれは……誰だ?」


「…………」



ラクレットは静かに首を横に振った。

答えは「分からない」だったからだ。


あんなにも感情を露わにして、欲望に忠実なヴィクトリアの姿を見るのは初めてだった。

あれが今までのヴィクトリアだとは信じることが出来なかった。


ヴィクトリアとは学園では常にトップを争っていた。

才色兼備で、一言で言えば彼女は『完璧』だった。

人間味を感じない美しすぎる容姿は、時にゾッとしてしまうほどだ。

感情が全く見えないから余計にそう思うのだろう。


その事にジェイコブはずっと引け目を感じていたらしい。

ヴィクトリアにまるで釣り合っていない自分が婚約者であることが恥ずかしい、と……。

部屋で謹慎しているジェイコブに会いに行くと、こんな話をしていた。

「絶対に僕を恨んでいる」

「……僕は全てを奪い取ろうとしたんだ」

それには何も言葉を掛けることが出来なかった。


確かにジェイコブのやった事は、愚かで普通ならば許されることのない行動だと思った。

だからこそジェイコブには甘めな父も今回は厳しい処罰を行ったのだろう。

「これからエルジーと頑張っていきたい」

「やり直そう!僕がしっかりしなくちゃ」

しかし反省しているように見えて、穏便に事が運んだ事もあり、ジェイコブの甘えがまだ透けて見えるような気がした。それに加えてエルジーに夢中な部分は変わらないようだ。


(父上もこれが分かっていたからバリソワ公爵邸に行かせないのか……)


国民や貴族達から絶対的な支持を得ている父を尊敬していた。


けれど父は母を失ってから、全てを抱えるようになった。

母が亡くなる前に『ラクレット、あの人を支えてあげてね』と言われた事を今でも鮮明に覚えていた。

自分がもっと母に気遣えていたらこんな事にならなかったかもしれない。

父や母の仕事をもっと手伝えていたら、と無力な自分を恨んだ。


母が亡くなった後、父は少しずつ、少しずつ無理をするようになった。

その姿が痛々しくて、自分に出来る事をしてきたが、とても追いつけないと感じていた。


(私がしっかりしなければ……!)


父を支えたい、その一心だった。


そしてこの年まで婚約者が居ないのも、なかなか自分の理想に合うような令嬢が居ない、というのが本音だった。

理想が高いと言われようと、固いと言われても、尊敬する父が懸命に守っている国を共に導いていく為のパートナーなのだ。

一切、妥協はしたくなかった。


ジェイコブには早々に父が婚約者を見繕っていた。

それがヴィクトリアだった。


一方、イライジャは自由奔放に振る舞って令嬢達にも親しみやすいと人気があった。

縁談は舞い込むものの、彼もまた特定の相手を決める事はなかった。

イライジャは寂しさを紛らわすように令嬢達と遊んでいた。

彼とは真逆な性格だったが一緒にいて楽だった。

足りないものを補ってくれている、そんな感覚だった。


そして二人でストレス発散を兼ねて剣を交えていると、考え事をしていたからかイライジャの肌に剣先が掠めた。

必要な物を取りに医務室に向かうと、そこに居たのがヴィクトリアだった、というわけだ。


しかし『人形令嬢』と呼ばれていたことが嘘のような鋭い切り返し。

全く動じない態度と挑発的な行動を見て、唖然としていた。


(本当に、あのヴィクトリアなのか……?)


そう思っていたのは自分だけではなく、イライジャも同じようだ。


しかも自分達には微塵も興味がなく、むしろ『邪魔』に思っているという態度が顕著に出ていた。

ジェイコブやエルジーに復讐するつもりもなく、王家に仇なすつもりもない。

むしろ、彼女は自由を心から喜んでいるようにも見えた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る