第4話

しかし、そんな事情は生まれ変わったヴィクトリアには関係ない。


(……めんどくさいことを押し付けて、プレッシャーからも解放されて、理想のおじ様達を追いかけ回せるなんて……これ以上、幸せなことってあるのかしら?)


転生先に恵まれ過ぎていて、正直神に感謝していた。

じゅるりとヨダレが滴りそうになるのを、カップを持ち上げながら隠していた。



「ヴィクトリア……!」


「本当にこのままでいいのか!?」



父と母のヴィクトリアへの援護に、エルジーがむくれている。

そしてジェイコブはこんな時でもエルジーしか眼中にないようだ。

熱い視線はエルジーに注がれているが……。


(わたくしには、三人のステキなおじ様が待っている……ッ!!!)


ヴィクトリアはカタリとカップを置いた。

しん……と静まり返る部屋の中、静かに口を開いた。



「わたくしは構いませんわ」


「え…………?」



まさか承諾するとは思っていなかったのだろう。

両親は唖然としているなか、いつもは絶対に浮かべることのない満面の笑みを浮かべた。

雰囲気が変わったヴィクトリアに、エルジーから戸惑いの声が上がる。


今までエルジーは誰よりも近くでヴィクトリアを見てきた。

そして彼女は『欲』に敏感だ。

ヴィクトリアが気付かぬうちに、この地位に必死にしがみついていることに気付いていた。

だからこうして、ヴィクトリアを焚き付けるような方法で勝負に出たのだ。

自分が勝てる事が分かっていたから仕掛けた。

そしてジェイコブの意向とあらば、父と母も強く出られない事を知っていた。

なんとも狡賢いやり方である。


しかし、予想に反してヴィクトリアから返ってきた言葉は『承諾』だ。


戸惑うのも無理はないだろう。

ヴィクトリアは絶対に抗う筈だと、エルジーは確信していたのだから。

それにエルジーが狙っているのはジェイコブではない。

この国の王太子である『ラクレット』なのだと、ヴィクトリアは知識により知っている。

これからヴィクトリアがやろうとしていることは、一見すると彼女の思い通りに動いているようにみえるかもしれないが、同時にエルジーの野望を打ち砕くことに繋がるのだ。



「なにより、ジェイコブ殿下もそれを望んでいるのでしょう?」


「…………!」


「一つ、ジェイコブ殿下にお伺いしたいのですが、エルジーと共にバリソワ公爵家を継いでいきたいということなのでしょうか……?それともジェイコブ殿下はご自分で爵位を賜るのですか?」


「っ、それは……」


「まぁまぁ!随分と強欲ですこと。わたくし、あまりの図太さに驚きですわ」


「……ッ」



気まずそうに視線を逸らしたジェイコブを見て、わざと聞こえるように溜息を吐いた。



「はぁ……わたくしは残念ではなりませんわ。今までバリソワ公爵家の為に努力してきたことが無駄になるなんて……。ですが、それも仕方ありません。わたくしも良い年ですし、早く動かなければお先真っ暗ですわね」


「……ぁ」


「ジェイコブ殿下に婚約を解消された身で、今更、嫁ぎ先が見つかるかどうか……」



ヴィクトリアは二十歳だ。

再び婚約者を探すにしても、なかなか厳しいだろう。


しかし、これだけは胸を張って言える。

ヴィクトリアは全てにおいて完璧すぎる令嬢なのだ。

ただ笑顔がなく感情の起伏が少なくて、自分の意見を発しない故に目立つことはなかったが、その実力はヴィクトリアになったからこそ分かる。


ヴィクトリアが今までずっと我慢して身に付けた知識や立ち振る舞い、マナーなど、全てが武器となる。

その武器でどこでも戦っていけるだろう。

それは『結婚』でなくてもいいが『貴族の令嬢』としては許されない。


ならば、ヴィクトリアは残された少ない時間で、やらなければならない事がある。

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