11.保健の授業

 夕方、朧月おぼろづき伯母さんの診察が終わり、話ができることとなった。


 よく考えたら宮司の医療業務の話でもあるし、もしかしたらこの世界の女性にはそもそも生理や妊娠の医学的な知識がない可能性もある。ついでと言ってはなんだが、お母さまやこれから宮司となるお姉さま方にも一緒に聞いてもらう方が良いのではないか?


 そう考えてお爺さんに相談したところ、宮殿に行って話をしようということになった。丁度、今日はお父さんとマリー母さまがネモフィラ王国から戻るのだ。


 僕は自分で瞬間移動して戻れるのだが、お婆さんと伯母さんは飛べないので、お爺さんが二往復してくれた。更に帰りが遅くなるといけないということで、カルミアお婆さんも連れて来た。


 丁度、そこへお父さん達が乗った船が帰還した。

玄兎げんとよ、旅から戻ってすぐで悪いのだが、月夜見が朧月おぼろづきと話をするのに家族全員同席して欲しいとのことなのだ。良いかな?」

「父上、勿論です。マリーも大丈夫だな?」

「えぇ、何か大切なお話なのでしょう」


 僕は紙とペンを用意して、皆の集まる居間へ入った。

「皆さん、お集り頂きましてありがとうございます。これから朧月おぼろづき伯母さまから宮司としてのお仕事の話を伺います。皆さんも今後の参考にして頂きたく、参加頂きました」

「月夜見さま。何でもお聞きください」


「今日、お爺さまと一緒に神宮へ伺い、伯母さまの宮司のお仕事を拝見しました。その時に診察した女性は月のもののけがれが多いと言っていました。まず、月のものとは何でしょうか?」

「はい。女性に定期的に起こるやまいで女性器から出血を起こすのです。古くからそれはけがれれと呼ばれており、その血は浄化せねばなりません」


「では、今日の治療では女性器の血を洗い流し、治癒能力で腹部の痛みを癒した。それで良いですか?」

「はい。その通りで御座います。でも月夜見さまは見ていらっしゃらなかったのに何故ご存知なのでしょう?」

「透視能力で壁の向こうから見ていましたよ」

「なっ!つ、月夜見!あなた!」

 また、お母さまが卒倒しそうな程、驚いている。


「お母さま。僕は医師だ。と前にも言いましたよ」

 ちょっと強めに言って真剣な目でお母さまを見た。が、決して怒ってはいないよ。

「あ。そ、そうでした。女性を専門に診る医師だったのですよね。すみません」


「まず。と言いますか、この世界では医学の知識というものがあまり無いようですね。治癒能力で痛みや傷を癒してしまえるのでそれ以上のことを知らずとも済んでしまっている。と僕は想像するのですが如何ですか?」


「はい。宮司の仕事は癒しの能力を使って痛みや傷を癒すことだけを教えられており、ほとんどの病気や月のものの血が流れる原因は知らないのです。分かっている病気については、癒しを流す場所や強さを教えられているだけで、何故それで癒せるのかは分かりません」


「そうですね。僕もお父さまから治癒能力の訓練を受けた時は、ただ癒せる様になっただけです。分かりました。ではこれから皆さんに月のものと子供が生まれる過程の知識をお教えします」

「おぉ!その様なことをご存知なのですね!」


 これは大変だ。医学をほとんど知らずに病気の治療をしているなんて。


「まず、初めにですが、月のものは病気ではありません。ですから基本的に治療は不要です。けがれでも不浄なものでもないのです」

「そ、そうなのですか?」


「はい。これを生理といいます。これは子供を作るために必要なものなのです。ですから不浄どころか、女性だけが持つ崇高すうこうな身体の仕組みと言って良いでしょう」

「ま、まぁ!そうなのですか!」


「えぇ、新しい命を作るためのものですからね。ではこれから女性のお腹の中がどうなっているのかを絵に描いて説明します」


 うーん。中学一年生の保健の授業をやることになるとはな。大きめな紙いっぱいに、女性器の内部の絵を描く。何度も見ている絵だから簡単だ。


「まず、子供ができるのに必要な卵のことを卵子と言います。それがここにある卵巣で作られ、基本的には約四週間かけて成熟されてひとつだけ生み出されます。その間、こちらの子宮では子宮内膜という壁がだんだんと膨らんでいき、赤ちゃんの卵が栄養をもらえる様に血を溜めています」


 女性たちの顔が興味津々といった顔になっている。皆が真面目で良かった。


「この子宮内膜の準備が整う頃に卵巣から成熟した卵。卵子が排卵され、この卵管というくだに取り込まれます。卵子はこの卵管の中で精子を待つのです」


「ここで男女が性交をして、女性器のなかに男性が精子を放出すると・・・あ。この辺のことを知らないお姉さま達は、後でお母さま方から聞いてくださいね。男の僕の口から話すことは遠慮しておきますので」


 お母さま方の顔が一斉に真っ赤になった。そして精子の絵を描きながら、

「精子はこの様な形をしています。女性器の中に入った精子はその数、二億から三億個と言われています。それらが卵子の居る卵管を目指して我先にと泳いで行くのです。そして初めに到達した精子が卵子の中に入って受精に成功すると受精卵となるのです。ここまでで分からないことはありますか?」

「月夜見さま。卵子と精子はひとつずつなのですよね。双子はどうしてできるのでしょうか?」


「そうですね、伯母さま。先程僕は卵子はひとつだけ生み出される。と説明しましたが、まれに複数排卵されることもあるのです。その二つの卵子に各々おのおのひとつずつの精子が受精した場合は二卵性双生児にらんせいそうせいじという双子ができます」


「また、ひとつの卵子に同時に二つの精子が受精してしまうことがあります。その場合は受精卵が二つに分かれ二人の子ができます。これは一卵性双生児いちらんせいそうせいじという双子です。この場合は元がひとつの卵子なので、容姿も瓜二つに似るのです」

「なるほど、その様になっていたのですね。そっくりな双子がとても不思議だったのです」


「はい。では続けます。受精した受精卵は、子宮に移動して子宮内膜に着床します。これが無事に完了して初めて妊娠するのです。そしてこの卵子が卵管で精子を待っていられるのは三日程度。更にその内受精できる能力は短いと八時間程度しかないと考えられています」

「ではその三日間に性交がなければ、妊娠はできないのですか?」

「はい。マリー母さま。その通りです。更に精子も女性の中では二、三日しか生きられないのです。ですから元々、妊娠することは簡単ではないのです」


「つまり、中々妊娠できないのは卵子が排卵していない時に性交をしていたから。ということでしょうか?」

「はい。ジュリア母さま。大体合っています。卵子が受精能力のある時に精子が辿り着けなかった。ということですね」


「そして、卵子が精子と出会えなかったり、受精はしたけれど着床まで上手く行かなかった場合は、子宮の中に赤ちゃんのために貯め込んだ血は必要なくなります。これが身体の外へ流れ出ることが月のものと呼ばれる生理なのです」


「初潮といって初めて生理が起こった女性は閉経するまで毎月続くことですので、病気ではないのです。お分り頂けましたか?」


「はい!お兄さま。私はまだ生理がありません。何歳になったら始まるのですか?」

結月ゆづき姉さまは九歳でしたね。早い子で十歳くらいです。でもこれは個人差が大きいのです。成長が早く身体が大きくなった子は九歳でも始まりますし、十二歳でもまだ始まらない子も居るのですよ。いずれにしても生理が始まったということは子供を妊娠できる準備が整ったということになります」


「月夜見さま。では私たちは子供が出来難できにくいのではなくて、間違っていたということでしょうか?」

「そうですね。マリー母さま。僕の前世の世界でもこの様な知識は十三歳の時に学校で教わるのですが、皆、覚えていないと言いますか、気にしていないので正しい知識で妊娠しようと考える人はそう多くないと思います」


「でもこの世界では恐らくですが、大昔の人がこの知識が無いために、誤った思い込みをして子供ができないなら多くの妻が必要だと考えてしまったのではないかと推測します」


「では、妻はひとりだけでも良いということなのか?」

「お父さま。基本的にはそうです。子を儲けるための正しい性交渉としては、排卵されている三日間を狙って、続けて三晩性交をすることです。多くの妻が居た場合、同じ妻と三晩続けて性交したことはないのではありませんか?」

「むむっ。た、確かに」


 お父さんの顔が引きつり、お母さま方は納得の表情となった。


「僕の前世の世界では、ほとんどの国で一夫一婦制ですが、二、三人の子を儲けることは普通ですし、五人から十人生むことも珍しくはないのですよ」

「な、なんだと。妻がひとりで十人の子を生むとは!」

 そりゃぁ、驚くだろうな・・・


「あと、排卵は基本的に約四週間に一度と言いましたが、それは僕の前世の世界での話です。個人差によって短い二十五日周期や長く三十日程度の周期の方も居るのです。そして基本の二十八日とは月の影響でそうなっていると考えられています」

「月の影響?あの空に浮かぶ月ですか?」


 僕はこの星と月がどの様に回っているかを絵に描いて説明する。

「はい。お母さま。月はこの星の周りを回っています。それはこの星の引力に引っ張られているからです。反対に月もこの星の引力から逃れようと引っ張っているのです。これを遠心力と言います」


「その力がお互いに釣り合っているからいつも同じところを回っているのです。目には見えないですが、常にあの月に引っ張られているのです。その影響で月がこの星を一周回る期間と生理の期間が近くなるのです」


「なにか、とても難しいことをお話しされているのでしょうか・・・」

「結月姉さま。難しいですよね。僕が言いたいのは、月が星を一周するのが、前の世界では約二十八日だから生理の周期も二十八日なので、この世界では月が何日でこの星を回っているかを知りたいのです。どなたかご存知でしょうか?」

「・・・」


 全員が他の人の顔をキョロキョロと見渡しているだけで誰も答えない。


「うーん。知っている人は居ないのですね。僕はこの世界の暦が僕の前世の星と同じなので、同じ二十八日周期である可能性が高いと考えているのです。因みに、この星の一年は五十二週間と一日で三百六十五日です」


「つまり一年三百六十五日でこの星は太陽を一周しているはずですが、その様なことを教えてくれる先生はどこかの学校に居るのでしょうか?」

「それでしたら、ネモフィラ王国の学校の先生が知っているかも知れません」

「お母さま。そうですか。ではその辺のお話はネモフィラ王国へ行ったら、先生に伺ってみましょう」

「それが良いと思います」


「ではこれから、お母さま方と既に生理が始まっているお姉さま方に、周期表をお配りします。今後、生理がある度にこの表の日付の欄に丸印を付けて行ってください。この情報を集めて、この世界の女性の生理の周期を調べたいと思います」

「分かりました。協力させて頂きます」


「お父さま、お母さま方。これはお願いなのですが、私がお話しした妊娠の仕組みがこの世界の人間でも同じ様に当てはまるのか検証をしたいのですが、ご協力頂けないでしょうか?」

「勿論、協力させてもらうぞ」


「お父さま、ありがとうございます。では、お母さま方からお一人の方に今後、僕の指示に従ってお父さまと性交して頂き、子を作ってみて頂きたいのですが、あとひとり子を儲けたい方はいらっしゃいませんでしょうか」


 お母さま方が真っ赤な顔をしてお互いの顔をうかがっている。


「あ。僕のお母さまは一番若いのですが、それですと妊娠し易く参考になりませんので、お母さま以外の方でお願いしたいのです」

 そんなの嘘なんだけどね・・・


「そ、それでは私が・・・」

 お母さまの次に若いルチア母さまが手を上げてくれた。

「ルチア母さま。ありがとうございます。お父さまも構いませんか?」

「う、うむ。構わないぞ」


「ありがとうございます。では、ルチア母さまには周期表ではなく、こちらの基礎体温表に記録して頂きます」

「これはどういったものですか?」


「はい。これから妊娠するまで毎朝、ルチア母さまには体温を測って頂いて、この表に記入して頂きます。この記録を取っていれば、生理の周期だけではなく排卵日も特定し易くなるのですよ」


「分かりました。明日から記録を致します」

「ルチア母さま。体温計は枕元に置いておき、朝目覚めたらベッドから出る前に体温を測ってください」

「それはどうしてですか?」

「ベッドから出る前のいつも同じ状態で測らないと正しい体温が計測できないからですよ」

「はい。分かりました」


「あ、あの!月夜見さま、私もその基礎体温表を使いたいのですが」

「メリナ母さまもですか?子を作りたいのですか?」

「え、えぇ。できるのであれば」

「分かりました。あとで表を作ってお持ちしますね」

「はい。お願い致します」


 よし、これで家族計画が始められるな。

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