第15話 告白の行方

 マイエンジェルの望み通り、俺が紗栄里に別れを告げた後、何度かその事を伝えようとしたが、常に側に居る黒髪の女に威嚇、邪魔され、その女が居ないときでも、他の女子達に囲まれ俺が立ち入る隙が無かった。


 折角、俺がマイエンジェルのために彼女と別れ、何時でも付き合える状態になったのにだ。


 マイエンジェルだって待ち望んでいるに違いないのに、女の嫉妬なのか俺が彼女と付き合う事を許さないつもりのようだ。


 まったくモテすぎる自分自身が仇にたるとは思わなかった。


 流石の俺も女子に囲まれた中で告白は羞恥心というものがあるので出来なかった。


 ただ俺のマイエンジェルに対する思いは膨らみ続ける一方で抑えきれない想いから古典的ながら、手紙で呼び出すという手法を取った。


 まさか俺がこんなまどろっこしい、手段を取らないといけないのは悔しいところだった。


 ただ、結果としてその試みは成功で、その日の放課後、マイエンジェルは開放された屋上テラスへと来てくれた。


「あのー、もうこういう事は止めてほしいんですけど」


 屋上に来て早々にマイエンジェルは告げた。

 どうやら彼女もこの状況を良しとしていないようだ。

 きっと俺からの告白を待ちわびていたに違いない。


「悪かった。本当は直ぐにでも思いを告げたかったんだけど、周りの女子がヤキモチやいたみたいでさ」


「えっ、あっ、それで要件というのは?」


「ああ、そうだった。喜んでくれ、彼女と別れたんでなんの憂いもなく付き合う事が出来るようになったんだ」


「…………ぶへぇ??」


 俺の迅速な対応に驚いたのかマイエンジェルが咽たような声をあげる。


「ふふ、流石に驚いたようだね。でもわかって欲しいそれだけ俺は君に本気なんだと」


 俺の言葉にマイエンジェルはうっとりとしたため息をこぼす。


「……はぁ〜、ねえ僕の事覚えてないかな? まっ覚えてないからここに呼んだんだろうけど」


 そう言った彼女の言葉の意味を考えると、俺と彼女はどこかで出会っているということだ。

 ならば、きっと俺と彼女は運命的に結ばれる定めだったのだろう。きっとそうに違いない。


「ごめん、最初の出会いは覚えてないけど、君を見たときの衝撃は今でも忘れていないさ」


 あれは本当に衝撃的だったから。


「まあ、君が覚えてないのも分かるけどさ、僕は今でも覚えているよ、いまでも忘れられないよ……ある意味、今の僕が在るのは君のお陰でもあるから」


 まさか二度目の衝撃が俺を襲う。

 どうやら俺は知らないうちに彼女に影響を与えていたようだ。改めて自分自身の凄さを実感する。


「なるほど、だから俺に特別だったわけか」


「特別? まあある意味そうだけどさ、絶対に勘違いしてるよね」


「意味がわからないが、勘違いじゃない、男らしくハッキリ言おう。俺は君のことが好きだ。喜んでくれ、付き合ってやっていいぞ」


 俺がマイエンジェルの望んでいるだろう言葉を告げる。

 すると余りに嬉しかったのか突然笑い声を上げる。


「……ぷっ、ぷっぷあっ、あははは。ねえ僕の事西宮は何も言わなかったの?」


 ひとしきり笑ったマイエンジェルは思いがけない名前を出してくる。


「もしかして紗栄里とも知り合いなのか?」


「知り合いも何も、昔付き合ってたし」


「はぁ?」


 紗栄里が女子と付き合ってたなんて聞いたことない。


「……ここまで言ってもまだ繋がらないかー」


「嫌、俺は別に過去は気にしないから」


 紗栄里の事は気になるが、それだってこれから付き合う分には問題ない。俺は器の大きい男だから。


「うーん、僕は気にするな〜、だって自分の彼女だった西宮を寝取った相手を気にするなと言う方が無理でしょう」


 彼女を寝取った?

 意味が分からなかった。

 俺が紗栄里と付き合った時は……そこで一人の男を思い出す。

 紗栄里からストーカー紛いと言われていた男。

 ヒョロヒョロで弱々しい俺とは大違いの背の低い髪がボサボサの男。

 俺が一括すると顔を見せなくなった情けない男。


「いや、紗栄里と付き合った時に他に付き合っている男子は居ないと言っていて……」


 そこで一つの仮定が思い浮かぶ、もし紗栄里が嘘をついていたらと。


「ふーん、アイツそんなふうに言ってたんだ。まあそれが本当なら君も騙されてたって事だけどさ……でも、君が僕に言った言葉は覚えてるかな?」


 そう言って笑ったマイエンジェルの冷たい眼差しにゾクリとさせられる。


 あり得ない事態に俺の思考が混乱をきたす。


「いや、だってあの時の男は男で、確かに女々しい奴だったけど……もしかして」


「あははは、そうだよ、あの時君が散々馬鹿にした男がいま目の前にいる僕だよ」


「はあ!? あっあり得ない、あり得ないだろう、そんなことだって、こんなに綺麗で可愛いのに」


「ふっふ、有難う。そうだよ君が散々男らしくないとか情けないとか罵倒してくれたから、僕は自分を変えたんだ。元からの資質に合った男らしさじゃなく美しさを求めて」


 そう告白するマイエンジェルこと、えっと……つまり彼女と思ってた人物は男で、俺は男に一目惚れしたと……。


「そんな、そんな事、嘘、うそだー」


 思考が追いつかなくなり俺は目の前の出来事を否定するかのように叫んだ。


「いや、これが現実だから、それで僕から君の告白に対する答えは勿論」


「いい、言わなくていい、やめてくれ」


「ううん、男子でも折角告白してくれたんだから誠意を持って答えないとね……東元芳虎君、残念ながら僕は君と付き合うことは出来ません」


「うがぁ、やめろ、やめろ、やめろー、俺が、俺が振られるなんてあり得ない、あり得ない、男なんかに振られるわけ無いんだー」


 俺は絶望の声を上げる。

 今まで散々女子達を振ってきた俺が、男子に振られるなんてあり得ない出来事が起こるはずが無い、これは夢だ、夢なんだ。


「ふぅ、そんなにショックだったのかな? 仮に僕が女だとしても君はあり得なかったけどね」


 目の前の理解できない存在が何かを言ってきたが、俺の耳には入らない。

 だって俺は明日から部活に勤しまなければならないから、今度こそ全国制覇を成し遂げなければならないから。


「えっと帰って明日から部活に……」


「あーあ、現実逃避しちゃったね。まあこれで話は終わりかな、じゃあねプリンス君。出来れば、お互いのために、もう近づかないでくれると嬉しいな」


 なんか目の前の天使の姿をした悪魔が微笑んで去っていった。


 俺はなんだか凄くホッとして、安心してしまった。

 でもそれと同時に胸の奥にポッカリと穴が空いたような空虚感に見舞われた。



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