第三釣 わたしの気持ち
第五章 オレンジ色の夕陽がやけに眩しかった
第28話 四十九日後の仁海のお気持ち表明
十月の第二週目の週末は〈スポーツの日〉の祝日を含んだ連休であった。
この三連休をもってして、毎週末における釣具屋の店長(仮)としての仁海の東京と大洗の往復も、四週連続・四度目を迎えた。
その連休の初日に当たる十月八日の土曜日には、八月の末に亡くなった祖母の〈四十九日〉の法要が執り行われた。
僧侶のお経によって祖母の魂を位牌に入れてもらい、祖母の遺骨が入った骨壷は、祖母の寝室に置かれていた祭壇から、ついに、既に墓の下に眠っている祖父の隣に移される事になった。
祖母の四十九日の法要には、祖父母の三親等以内の親族が集まっていた。
四十九日の法要に続く、墓地での納骨式の後、親戚の多くは祖母の家に立ち寄ってくれた。元々の住人であった祖母が不在になって以来、平日は無人で、土日祝に居るのは基本仁海だけ、それゆえに、すっかりと寂しくなっていた大洗の家も、葬儀の時以来の久々の賑わいを見せていた。
祖父と祖母の親類たちを招いた会食の中で、自然と話題に上がったのは、祖母が亡くなった後の大洗の釣具屋の今後についてであった。
叔父が親戚の皆が共有しているであろう疑問に応じた。
「実は、オフクロが亡くなってから、週末だけなんだけど、この一か月、仁海が大洗に通って店をやってくれているのですよ」
「「「「「「えっ!」」」」」
仁海が毎週東京から大洗に来て、土日と祝日に店をやっている事を知るや、祖父の親類と祖母の親類の間で、高校二年生の仁海が店を独りで運営する事についての議論が交わされる事になった。
祖父の親類は商売人が多く、これに対して、祖母の親類は、元も含めて、看護士が多かった。
商売人と看護士というそれぞれの立場から、仁海が週末に独りで釣具店をやる事について、完全に真逆な考えを持ったようで、話がヒートアップしてゆくにつれ、当の本人である仁海は完全に蚊帳の外に置かれてしまい、仁海は、親戚のやりとりを、まるで他人事のように傍観する事になってしまった。
商売人が多い祖父の親類たちは、仁海の行為をこぞって褒め称えていた。
看護師が多い祖母の親類たちは皆、仁海の身体の事を心配していた。
いずれの意見も全くもって正論なのだ。
創業七十五年の店をここで廃業させないためには、たとえ週末と祝日だけとはいえども、祖母の二親等以内の親族の誰かが店をやるしかないのだが、今、それが可能なのは、どう考えても、高校生とはいえ、仁海しかいない。
その通りである。
たしかに、店を開けるのが週末と祝日だけとはいえども、未だ高校生で、来年度には受験を控えている仁海に、毎週、東京から大洗に通わせて、朝から晩まで独りで店をやらせる事自体に無理がある。たしかに、仁海しか店を運営できる人間がいないとしても、平日に高校に通い、週末に店をやる、そんな二重生活を女子高生が長く続けられる分けはなく、そもそもの話、仁海が身体を壊したら元も子もないではないかっ!
もっともだ。
結局、祖父母の親戚たちは、その職業ゆえに視点が違い過ぎるため、店を続けるか、それとも止めるか、仁海が店をやるのかやらないのか、という導き出したい結論が全く反対なので、たとえ何時間話し合おうとも平行線のままなのは当たり前なのだ。
そんな風に、傍観者風な感想を仁海が抱いていると、話題の中心である仁海に、突然、祖母の妹、大叔母(おおおば)の一人が意見を求めてきた。
「それで、仁美ちゃんは、どうしたいの? 来年には受験だし、毎週、東京から通うのって大変でしょ?」
「ベンキョーなんてもんは、お客さんが来でねぇえ時とか、夜にやりゃあぁ、よかっぺな。四六時中、お客が来てるわけじゃねぇんだから。なっ、ヒドミちゃん」
祖父の弟、大叔父(おおおじ)は、そう言ってきた。
己の事が話されているにもかかわらず、あたかも他人事のように自分の話を聞いていると、物事って第三者的な視点で、客観的に思考できるものなのかもしれない。
急に話が振られて驚きはしたものの、仁海は思考自体は巡らせていたので、少し間を置き、気を落ち着けてから、祖父母両方の親戚たちの前で、自分の今のお気持ちをハッキリと述べる事ができたのであった。
「たしかに、釣りについて、現在進行形で勉強中の素人店長代理だし、お店に立つようになって今週で未だ四週目の新米店長代理なのは明らかな事実です。それに、平日にはお店はできない、そんなわたしが、オジイやオバアみたいに、ちゃんとお店ができるかどうかは分からないし、高校生のわたしが、この先もずっとお店を続けてゆけるかって断言はできないんですけど、とりあえず今は、もう少し頑張ってみるつもりなのです。
毎週大洗に来ている、今のわたしの心にあるのは、オジイが始めて、そのオジイが亡くなった後に、オバアが一所懸命に守ってきた、大洗のこのお店を続けたいって一心、ただそれだけなのです」
「えれぇっ! えれぇぞ、ヒドミちゃん、ショウベー人の孫のカガミだわ。きっと、死んだネエさんも、ヒドミちゃんがお店を守ってくれて、草葉の陰で喜んでるべ」
大叔父は仁海を絶賛した。
「わかったわ。仁美ちゃんの今の気持ちは尊重するけれど、ちゃんと食べて、ちゃんと休むのよ。身体を壊したら、あの世で、おネエちゃんが嘆いちゃうから」
大叔母は仁海の身を案じた。
かくの如く、喧喧諤諤であった親戚たちも夕方には、大洗の祖母の家を後にしていった。
親戚たちがみな帰ってゆき、祖母の家に残ったのは、ツヨシ叔父と仁海だけであった。父は、学会のために納骨式の後すぐに大洗を去っていた。
残った二人で、四十九日の法要が終わるまで飾っていた祭壇を片付けた。
「ここって、こんな広かったっけ? オイちゃん」
「そうだな」
祭壇が無くなった祖母の部屋は広々としているように仁海には感じられた。
やがて、その叔父も、仕事のために、鹿島の店へと向かって行った。
独り大洗に残った仁海は、祖母に寝室で、収納ケースの中の、祖母の「お客様ノート」を読んでいた。
やがて、ノートから視線を上げて、仁海は祭壇が置かれていた方に眼差しを向けた。
振り返った仁海の視界に入って来た、ガランとした部屋の空虚さが、仁海の寂しさを募らせていた。
「オバア、とうとう、お墓に入っちゃった。もう、この家にはオバアの骨、ないんだ。やっぱり、なんか寂しいよ。オジイが亡くなった後で、この家に独りで住んでいたオバアも、こんな気持ちだったのかな?」
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