天使

 終礼が終わり、真一と頼仁を見送った後のことだ。

 これから刹那と一緒にダンジョンに向かうのは最近の日課として、少し腹の調子が悪くなったためトイレに急いだ。


「……ふぅ」


 スッキリ爽快したところで教室に戻ると、またあの光景が広がっていた。


「皇さん。これから一緒にダンジョンへどうかな?」

「ずっと前に行ってから大分経つしさ」


 今までも何度か見る機会のあった刹那に対するダンジョンの誘いだった。

 以前も言ったが彼らはAランクの探索者なので、Sランクの刹那が混じっても別におんぶに抱っこというほどではない。

 しかしながらそれ以上に刹那が傍に居るだけでステータスと考える生徒も少なくはないため、ただダンジョンに付いてきてもらうだけが目的ではなさそうだ。


(ま、これがモテモテってことなんだろうな)


 刹那に傍に居てほしい、刹那に良いところを見せたい、それ以外にも色んな感情を彼らは持っているはずだ。

 俺も今まで聞いていたものとして、彼女自身を求めるのもそうだが……彼女を手に入れることは実質皇家の一員となるため、将来が圧倒的なまでに約束されるというのもある……正に逆玉の輿ってやつだ。


(そういや逆玉って言葉は間違いらしいよな。なんかで見た気がするわ)


 っと、そんなことはどうでも良い。

 俺は別に刹那の選択の幅を狭めるようなことはしたくないので、彼女が他の誰かと組みたいと言えばダメだとは言わない。

 でも――今みたいに、しつこく誘われて嫌そうな顔をしている彼女を見過ごすなんてことは絶対に出来ない。


「刹那。遅くなった」

「あ、お帰り瀬奈君!」


 教室に入って声を掛けると、刹那はすぐに俺と自分の鞄を持って駆け寄った。

 恒例のように刹那に声を掛けていた連中は睨みつけてくるのだが、それでもすぐに視線を逸らして機嫌悪そうに背を向けた。

 しかしそれ以上のアクションはなく、俺は刹那を連れて外に出た。


「以前に比べてすぐに引き下がってくれたな」

「やっぱりランクの重みというのがあるんでしょうね。あなたを睨んだ時、何か言いたいことがあるなら私に言いなさいって文句を付けたくなったけれど」


 それをすると更に面倒なことになりそうだからやめてくれて良かったかな。

 まあでも、別に周りに見せ付けるわけではなく普段通りに過ごしていけば良い。俺たちは俺たちのペースで、お互いに支え合っていけばそんな風に周りも認識をしてくれることだろう……たぶんだけどさ。


「……うん?」

「どうしたの?」


 外に出てしばらくした時、俺たちの前を寺島が歩いていた。

 背中を向けていた彼は何かに気付くようにこちらに視線を向けると、刹那ではなく俺の方を見て少しばかり視線を鋭くした。

 それ以上は特に何も反応せずに彼は歩いて行ったが、当然刹那は気になったらしく聞いてきた。


「何かあったの?」

「あ~……たぶんあれかなってのはある」


 もしかしたら理由はアレかと思い話してみた。

 俺がランキングに興味はないと伝えた時、寺島は気に入らない奴を見るような顔をしていたので、もしかしたらそれが理由かもしれないと伝えた。


「なるほどね。彼がランキングに対して何を考えているのかは分からないけど、もしかしたら一位という称号に特別なモノを抱いているのかもしれないわ。それで同じくSランクになった瀬奈君の言葉が気に入らなかったのかも」

「……やっちまったかな?」

「気にする必要はないと思うけれどね。誰が何に興味があるのか、何を大切にするかはその人次第だもの」


 それでも一応、あの反応を見た後だと寺島と絡むのは少し避けたいところだ。

 仮にまた話をする機会があったとしても、ランキングについては絶対に俺の方から口にしない方が良さそうだ……仮にあちらから振られたらまあ、当たり障りのない言葉を選ぶことにしよう。


「ま、難しいことは置いておくとして。今日もいっぱい体を動かすかぁ!」

「ふふっ、そうしましょう♪」


 それから俺と刹那は揃ってダンジョンに向かうのだった。

 向かう先はSランク階層になるわけだが、序盤の魔物に苦戦するAランク探索者たちの目に触れないように俺たちは先に進んでいく。


「最初から刀?」

「あぁ」


 今日は最初から刀を握るつもりだ。

 剣を手にした刹那と共に今行けるであろう最前線まで向かうのだが、もちろん無茶なことは絶対にしない。

 刀を手にした俺と刹那が二人なら心配という心配はない――それでも、ありとあらゆる最悪を想定して余裕を保ってこそどんな状況にも対応出来る。


「……なんだ?」


 だからこそ、普段とは少し違う雰囲気に気付くことが出来た。

 以前に刹那と怪鳥を狩った空中庭園、そのエリア手前で狩りをしていた時にそれは突然にして現れた。

 空から眩い光を放って降り立ったそれは人型だ。

 背中から純白の翼を生やし、長い髪で顔を隠している女性――見た目は人間と何も変わらないが間違いなくこいつは魔物に分類される存在だ。


「刹那」

「……えぇ」


 オーガやオークもある意味では人型ではあるが、ここまで人に近い見た目の存在は今まで見たことがなかった。

 ハーピィは比較的人に近い姿ではあるが鋭い爪を持っていたりするので分かりやすいが……目の前の人型は翼が生えている以外人にそっくりである。


「……天使?」

「あぁ――漫画でよく見る天使そっくりだ」


 それこそ、天使の翼を生やした刹那に雰囲気がそっくりでもあった。

 今まで見たことのないタイプの魔物が現れたのはともかく、どうも俺たちはあの天使にロックオンされてしまったらしい。

 万が一のことを考えながらも、まずは目の前の脅威に対処する必要がありそうだ。

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