その時は近い
夏休みを利用して俺は刹那を連れて故郷に帰ってきたわけだが、雪や母さんからすればこの一週間で多くのことを俺たちとしたいし共有したいと言っていた。
俺の感覚ではまた帰ってくるし……みたいな感じではあるものの、雪や母さんからすれば本当に俺が傍に居ることを嬉しいと思ってくれているからこそだ。
「……それでプールっすか」
故郷への滞在二日目にして、雪の誘いの元に俺はプールに訪れていた。
田舎ではあるもののレジャー施設くらいは建てられており、そこに今日は昼から訪れていた。
もちろん俺と雪が居るということは彼女、刹那も居るということだ。
「……ふぅ」
俺の視線の向こうには多くの利用客がプールで遊んでいる。
その光景は間違いなく平和なもので、ダンジョンというものが存在しておらず、探索者と呼ばれる者すらも居ないのではないかと思ってしまうほどの平和だった。
(この街にダンジョンはないし当然だよな……うん、それも含めての田舎ってか)
そんな場所だからこそ、俺と刹那が探索者だと知っている者も居ないし気付かれることもまずない。
だがこうしてダンジョンから数日遠ざかるだけでも妙に落ち着かないのは、大分ダンジョンに毒されているような気もして自分に呆れてしまうのだが。
「お待たせ兄さん!」
「……お待たせ」
振り向いた先に居たのは女神と天使だった。
言わずもがな女神は刹那、天使は雪になるわけで……周りが息を呑むように二人を見つめているように、俺も二人の水着姿に見惚れていた。
……いや、正確には刹那に見惚れていた。
「ほら刹那さん、兄さんの反応バッチリだよ!」
「そ、そうなのかしら……その、どう?」
恥ずかしそうに身を捩るものだから色々と目の毒である。
とはいえ水着姿をどうかと言われ、雰囲気に流されたとしてもここで何も答えないのは男としてダメだ。
黒のビキニという中々に派手な水着だが、それこそ写真集を出すアイドル顔負けの美貌とスタイルの刹那にとても似合っている。
「……めっちゃ良いと思う。大人っぽい色気があるし可愛いし」
「あ、ありがとう……」
おい雪、俺たちをニヤニヤと見つめるんじゃない。
「取り敢えずみんなで遊ぼ!」
「おう」
「えぇ」
でも……こうして雪が先導してくれるのがありがたい。
ちなみに雪も刹那と同じビキニだが、色は水色でフリルが付いている可愛らしいものだった。
雪もそれなりにスタイルが良いというのは知っていたけど、ここまで立派に成長したんだなと思うと少し感慨深い。
(……つうか、ここに居て刹那に見惚れている人の中に彼女が皇グループの娘だとは知らないんだろうなぁ)
皇の家のことは知っていても娘の顔まで広まっているとは思えないし、そういう意味では何も知らない連中が絡んでくるのを阻止しないといけないか……っと、そう思っていたのだが予想に反して誰も近づいてくることはなかった。
刹那だけでなく雪も傍に居るので、ナンパをするには絶好とも言える相手だ。
「……あ、そういうことか」
それなのにどうして誰も近づかないのか、その理由は刹那にあった。
俺の視線の先で自身の水着姿に少しばかりの恥ずかしさを感じているようだが、それでも傍に雪が居るからと常に彼女は周りを警戒している。
しかもただ警戒しているのではなく、殺気のような圧を周りに振り撒きながらだ。
あれならたとえそれが殺気だと思わなくても、人間が持つ本能のようなものが自然と刹那を避けているのだと思われる。
「心配の必要は端からなかったな」
傍に居る雪は何も気付いていないようで、刹那の腕を抱いて歩いている。
チラッと刹那と目が合うと、雪のことは任せてほしいと言わんばかりの力強い視線に、まるで妹を守る姉のようにも見えた。
「ほら兄さん! ボーっとしてないで遊ぼうよ!」
「あいよ」
全く、どれだけ大きく成長したように見えてもまだまだ中学生ということか。
俺は手を大きく振る雪の呼び声に応えるように傍に駆け寄り、俺と刹那は雪の天真爛漫さに振り回されながらも、心から楽しいと思える時間を過ごすのだった。
ただ……プールならではのハプニングというのはしっかりと起こった。
「きゃっ!?」
「刹那!」
俺はともかく、刹那も普段こういった場所に来ないのか雪と遊ぶことでかなりはしゃいでいた。
そんな彼女が別の利用客にぶつかってしまったのだ。
普段の彼女なら絶対にないであろうことだけど、こう言った場だからこそ起きたハプニングで、水の中ではあってもぶつかって体勢を崩した彼女に俺は手を伸ばす。
「大丈夫……か?」
「え、えぇ……ありがとう瀬奈く……ん?」
誤解が無いように言えば俺は彼女を支えただけだ。
しかし、その手の位置が少しばかりマズかった……何故なら、俺の左手が彼女の豊満な胸元に添えられていたからである。
水着一枚の布を通したところで彼女の柔らかさは全く軽減されず、全然指に力を入れていないのにゆっくりと沈み込むような感触があった。
「わ、悪い!」
咄嗟に手を離したが彼女の胸を触ったという事実は消えない。
これは流石に刹那といえど怒るだろうなとは思ったが、彼女は控えめに自身の体を掻き抱くようにしながらボソッと呟いた。
「大丈夫……。瀬奈君が助けようとしてくれたことは分かっているから」
「……そっか」
「うん……だから気にしないでね? これくらいのことで怒ったりはしないから」
「分かった……ありがと」
……一言良いだろうか。
刹那と里帰りしてからこんな風に互いに気恥ずかしくなるイベントが続いているようにも思える。
雪がそんな俺たちを微笑ましそうに見つめる中、それからしばらく俺と刹那はぎこちなかったが、やはり少しでも時間が経てばいつもの調子に戻るのだった。
「……昨日からずっとドキドキしてる……やっぱりそうなのよね。私はもう随分と前から……はぁ、初めてだからどうすれば良いのか分からないわ」
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