先生になるぞ
探索科のクラス分けは基本的にどのランク帯の人間も入り混じる形になっているのだが、授業外のカリキュラムに関してはランク帯でそれぞれ違う物が用意されていることもある。
「……うん?」
授業が終わってこれからダンジョンに行くかどうかを考えていた時、俺は少しばかり気になる男子生徒を見た。
「なんだ?」
その男子生徒が居るのは誰の目も届きそうにない陰で……まあその前に、なんで俺がこんなところを歩いているのかという話になるのだが、これは本当に偶然と気まぐれが重なった結果としか言えない。
「一週間後の模擬戦……夏休みを前に気持ちの良い成績を出したいからなぁ」
そう言って彼は一人で剣を振っている。
おそらくは素振りをしているだけかと思われるが……こう言ってはなんだけど全くもって練度が低かった。
ダンジョンでもお目にかかることがないほどのレベルの低さ……どうやら彼はFランクの探索者だと俺は予想した。
「……くそっ、こんなことをせずに少しでもダンジョンに潜って実戦経験を積むのが一番のはず……でも、魔物は怖いからな……だから僕はいつまで経ってもFランクなんだろうな」
どうやら当たりらしい。
こうして眺めているのも趣味が悪いんだが……でも、実際にFランクの生徒と話をすることはそうないため、少しだけ気になる。
「でもそんなこと言ってられない! 少しでも頑張らないと!」
そう言って彼は剣を振り始めた。
しかし、その剣の振り方はあまりにも弱弱しく逆に剣に振り回されているようにも見えたのだが……スキルに関してもレベルは1が精々に見える。
「……なんか、もどかしいな」
踏み込みが足りん! とか色々と言いたい気分になっていることに驚く。
俺は剣を使う人間ではないが、限りなく近い刀がメインの武器ということもあって思うことがあるわけだ。
もちろん俺と彼を比べることは出来ないが、それでも剣の振り方も含めて色々とアドバイスをしたいと指示厨になりそうだった。
(なんだろうこの……インターネットで上手いプレイが出来ない配信者に対してムズムズする感覚に似てるぜ)
まあ、かといってコメントをするほど興味があるわけでもないが……何となくそうしたくなる人の気持ちが分かったかもな。
俺はしばらく眺めていた後、気付けば足を動かしていた。
近づいていくと彼も俺に気付き、手を止めてハッとするように見つめてきた。
「……誰?」
「すまん、ちょっと素振りしてるのを見ちまってな」
「……あ~そういうことか。えっと……恥ずかしいな」
何だお前はとキレてくるようなことはなくて安心した。
最初に顔を見た時に思ったけど優しそうな男子だし、あまり怒るようなこともなさそうというのが第一印象だ。
「黙って見てたのは悪かった」
「そんなことないよ。むしろ……雑魚だって言われてもおかしくないし」
「流石に自信が無さすぎじゃないか?」
「Fランクなんてそんなもんだよ。みんな張り合ってるけど、結局はFランクの中でしか張り合えないから」
「……そんなもんか」
「うん。君のランクは?」
「Bだ」
「B……凄い! 凄いじゃないか!」
Bランクというのはあまり凄いと言われるような立場ではない。
それでもFランクの彼からすれば凄いと言えるレベルのようで、嫉妬などの感情を乗せた視線は一切なく、純粋に彼は憧れを抱いているように見えた。
「せっかく会ったし自己紹介でもすっか。時岡瀬奈だ」
「僕は
「よろしく。歴史上に出てくると強そうな名前だな」
「あはは、ありがとう」
こうして俺は隆盛と知り合った。
少ししか剣を振ってないというのに汗を掻いた隆盛、俺は彼から剣を借りて試しに素振りをしてみた。
「ふっ!」
「……わぁ!」
刀と些か勝手は違うが、根本的な部分は同じだ。
まあ無双の太刀は重さを全く感じないので、こうして僅かではあっても重さを手の平に感じるのは新鮮な気分だった。
「俺は普段弓を使ってるんだが、少しばかりこういった武器も扱える。隆盛が良かったら剣の振り方とか教えるぜ?」
「良いのかい?」
「あぁ。それと経験を積むためにダンジョンにも行くぞ?」
「……君、優しすぎない? というか人が良すぎないかな?」
「それは今思ったけどなぁ。なんつうか、見ちまったからさ」
「……ありがとう」
……ただ、そうは言っても今まで誰かに戦い方を教えたことはなかった。
真一も剣を使うけど基礎はしっかりしていたので教えることはなかったからな……まあ良い、声を掛けてこんな提案をした以上はやれることをやってみるか。
「俺にとっても良い経験だと思うからなぁ……つうわけで、取り敢えずダンジョンに行こうぜ?」
「わ、分かった……うぅ、Bランクの人とダンジョンって初めてだよ」
「そうか。取り敢えずFランク階層で慣らしだな」
それから隆盛と一緒にダンジョンに潜った。
彼からすれば襲い掛かる魔物というのは恐ろしいみたいだけど、やっぱり俺からすればFランク階層の魔物は全く怖くはない。
それもあってか魔物よりも隆盛の体の動かし方などを重点的に見ていた。
(……これは骨が折れそうだな)
本人もたぶん分かっているはずだ――将来性は限りなく低い。
それでもスキルが成長すればどう花開くは分からないので、そこは彼の頑張りと運次第といったところだ。
「隆盛、お前には経験が圧倒的に足りない。取り敢えず魔物を斬ることだけに集中してみろ。防御は一旦考えるな、お前への攻撃は全部俺が捌き切る」
「……うん、分かった!」
こうして誰かの戦いを見守るというのは不思議な感覚だ。
もしかして……これが子供を持った親の心境? なんてな、俺は苦笑して隆盛の動きに注目するのだった。
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