もう大丈夫
「……………」
「ちょっと瀬奈ぁ?」
「……………」
「こら瀬奈ぁ!!」
「のわっ!?」
考え事をしていたのがマズかったのか、傍に居た沙希に気付かなかった。
いつもならこんなことはないだけに、沙希もボーっとしていた俺が珍しいのか目を丸くしている。
「珍しいねぇ。どうしたの?」
「……いや」
言えない、刹那のドレス姿が脳裏に焼き付きすぎてボーっとしていたなんて口が滑っても言えない。
「怪しいなぁ? これは絶対に何かあったでしょ!」
「……あったと言えばあった。でも言えん!」
「くぅ……それなら仕方ない!」
流石に言えないと言えば沙希は無理に聞いては来なかった。
まあでも、同級生で見慣れた顔とはいえ、あんな姿を見てしまえば俺みたいになるのも仕方ないような気もする。
「本当に何もないんだ。俺の問題ってわけでもないし……とにかく、悪いことでないのは確かだな」
「ふ~ん? それなら良いけど……ま、何かあったら言ってよね? 力になるから」
「おうよ」
実を言うと真一と頼仁も似たようなことを言われたんだよなぁ。
確かにあの刹那の姿はずっと脳裏に残り続けてはいるものの、そのうち絶対慣れると思うので今は我慢するしかないか。
沙希が行った後、俺はまたボーッとしたがなんとか切り替える。
「……よし、もう大丈夫だ」
パシッと両頬を叩いた。
ツンツンと背中を誰かに突かれたので俺は何だよと思って振り向いたのだが、そこに居たのは現在の悩みの種である彼女だったわけだ。
「刹那……?」
「……ねえ瀬奈君。どうして今日、やけに余所余所しいわけ?」
「……えっと、そんなつもりはないんだけど」
「そんなことあるでしょ? だって全然目を合わせてくれないじゃないの」
しょんぼりした風に刹那はそう言った。
別に目を合わせていないつもりはないんだが、確かに彼女と目が合いそうになったら意識して視線は逸らしていたかも……って、あの帰りの時にも思ったけどこれだと完全に意識しているみたいじゃないか。
「……あ~」
「私……何かした?」
その声には彼女の不安が凝縮されているようだった。
俺はそんな彼女にハッとし、勝手に俺が意識して恥ずかしがって……それに対して刹那がこんなことになったのなら俺が悪い。
「……その、なんだ。ドレス姿の刹那を思い出して意識しちまっただけだ。悪いのは全部俺、だから……すまねぇ」
「あ……そう、なんだ」
これが放課後って良かったってマジで!
この状態でもう一日過ごさないといけないってなったらもうダメだ……あぁいや、でもこうして刹那に伝えたことが良かったのか逆に落ち着きはした。
「なんか……逆に落ち着いたわ。ま、そういうことでちょっと照れてたというか恥ずかしかっただけだ」
「……分かったわ」
「だから刹那は何かしたわけじゃない、だから安心してくれ」
「うん……でも、私が何かしたことは合ってるわよねそれ」
「……まあそうとも言うな」
まあここまで来るとお互いにもうあまり気まずくはなかった。
意外と溜め込んでいたものを吐き出すと気持ちが落ち着くというか、整理が出来るのは刹那も同じようで、俺たちはいつも通りの様子に戻っていた。
「あ、ちなみに雑誌はもうすぐ出るみたい」
「みたいだな。もちろん買うぜ」
「私だって同じよ……って言いたいところだけど、たぶん私もそうだけど瀬奈君のところにも郵便で届くと思うわよ?」
「あ、そうなのか」
「えぇ。母と来栖さんでそうしていると思うし、あなたの実家の方にも届くんじゃないかしら」
それは……まあ当然と言えば当然か。
実は既に母さんと鏡花さんは電話のみではあるが会話をしており、顔を突き合わせたわけではないがかなり気が合ったらしい。
しかもその電話をしたのが俺が鏡花さんに連絡先を教えたその日で……以前に雪がこっちに来たが、いつか母とも一緒に飲みたいと鏡花さんが誘ったらしい。
(……俺の知らないところで親同士が仲良くなるのは……悪くはないか)
母さんも農業の頑張り過ぎで休日にどこか出かけたりすることもあまりしていないみたいだし、鏡花さんに色々と連れ回してもらって楽しんでほしいところだ。
「瀬奈君のお母さま、会ってみたいわね是非」
「そうだな。きっとその機会はあると思う」
「楽しみにしてるわね」
「おう」
よし、なんだかんだ本当にこれで元通りだな。
それから何をしようかと互いに相談したが、すぐに出たのがダンジョンという言葉でお互いに考えることは同じかと苦笑する。
刹那と共に学校を出てからダンジョンに向かう途中、俺は懐かしい顔を見た。
「……あれは」
「……あら」
それは千条院だった。
既に悪事などが暴かれたことで今までの地位をほぼ失った彼だが……確かにその表情は落ちぶれたものを連想させる。
彼は俺たちに一切気付かなかったが、刹那はともかく俺は彼にとってとてもじゃないが良い印象を持たれていないので関わっても碌なことがあるわけがない。
「あれから特にアクションはないのか?」
「全くと言っていいほどないわね。おかげで清々してるわ――瀬奈君のおかげね」
「俺がしたことはちょっとしかないよ。でも、そのお礼は受け取っておく」
「えぇ。是非受け取ってちょうだい」
それから俺と刹那は共にダンジョンに潜った。
最近は特に何事も起きることもなく平和な日々がずっと続いていたが、やはりそう上手くは行かないんだと思い知らされるのもまたすぐだった。
強いて言えば、面倒だなと俺がため息を吐くことになったそれだけのことだ。
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