刹那さん

 ひょんなことから刹那の両親と夕飯を食べた日、結局あの後に刹那が来るようなことはなかった。

 そもそも友人と食事をしていた時にメッセージを送られたからといって、そこに向かおうとはならないはずだ……まあ鏡花さんは残念がってたけど。

 とはいえ、良い意味で刹那の両親との出会いだったのは言うまでもないことだ。


「……それで、この問題っすか」

「どうしてそういうことになったのよ」


 そして今日、俺は刹那に問い詰められていた。

 問い詰められたとはいってもそんな強いものじゃないけれど、やっぱり彼女は気にになって仕方なかったらしい。


「偶然あの店の前で出会ったんだよ。そっと逃げるつもりだったけど、ちょうど鏡花さんがこっちを向いてさ」

「……そんなことだろうとは思ったわ」


 疲れたようにため息を吐いた刹那は隣の席に座った。


「母と父にしつこくどうしてそうなったのか、何を話したのかって聞いたけど教えてくれなかったの……全くもうあの人たちったら!」

「あはは……でも、良い時間だったよ。凄く楽しかった」


 それは確かなので俺はそう伝えた。

 すると刹那はぷくっと頬を膨らませ、何かを言いたげにしながらも我慢していたのだが、結局言うことにしたらしい。


「友達との時間も大切……大切だけど、瀬奈君が居るってなったら時間くらい頑張って作ったわ! 父さんと母さんはズルい!」


 それなりに声は抑えているつもりだろうけど結構響いていたので、周りから何事かと言った視線が集まった。

 真一や頼仁は俺たちのことを知っているので笑ってはいるものの、今の刹那に近づいたら身が危ないとでも思っているのか一向に傍に来てくれない。


「分かった! 分かったから今日、今日の夜二人で飯に行こうぜ! それで穴埋めでどうだ!?」

「……ほんと?」

「っ!?」


 ほんと、文字に起こすと三文字だけなのにちょっと怖かった。

 というか両親が娘を放って俺との時間を作ったことに怒っているわけではなく、刹那の知らないところで俺を誘ったことに対して怒っているのか……いや、さっきからそう言っていたな。


「じゃあそれで決まりね! 楽しみしてるわよ!」


 ……取り敢えず、納得してくれたようで何よりだ。

 何だろうか、微笑んでいる刹那を見ていると、その背後で鏡花さんがうふふと笑っているような気がしないでもない。

 その後、ルンルンといった様子で席に刹那は戻った。


「機嫌を直してくれたみたいだな皇は」

「お前ら、なんで早いうちに来ないんだよ」

「いやいや、逆になんであの空気の中で近づかないといけないんだよ」

「……それもそうだな」


 なんてやり取りをしながら先生が来るのを待ち、そうして一日が始まった。

 夜に関しての詳しいことは後々刹那と相談しようと考える中、昼休みに少し嫌なモノを俺は見た。


「……?」


 それは廊下の片隅でのやり取りだった。


「あの時お前がもっと頑張れば怪我しなかっただろ!?」

「うるせえ! お前だって何もしてなかっただろうが!!」

「ちょっとやめなさいよこんなところで……」

「はぁ!? お前だって役立たずだっただろ!?」


 そう、よくある探索者同士の揉め事だ

 彼らは高ランクの探索者ではなく、集まって言い合いをしているのはみんなFランクの探索者……つまり一番下のランクだ。

 俺にはこういう経験はないものの、ランクが低いということは能力もそこまで強くないのは当然として、パーティとしての連携も上手くはないので難易度が限りなく低いダンジョンであっても怪我をすることは多い。


(……ま、仕方ないよなこればかりは)


 Fランクとはいえ、普通の人と比べて圧倒的に強いのは変わらない。

 しかし、それでも上を目指したいけれどダメで……どんなに努力しても成長が芳しくないからこその焦りやストレスも彼らを蝕んでいる。

 もちろんそうでない人だって居るし、順当にランクが上がって成長していく人も居るのだが……探索者という母体が多い以上、ああいった生徒たちも少なからず居る。


(こういう時、性格の良い物語の主人公とかだと丸く収めたり出来るんだろうけど俺には無理だな)


 更にタチが悪いのが、ああいうやり取りを高ランク探索者が見た時にくだらないと言って煽るんだが……そのことに対して彼らは文句は言えず、自分よりも強いからこそ押し黙るしかないのでそれも更にストレスの原因になる。

 彼らのような者にとって自分たちよりも上のランクの人間はみんな敵みたいなものだ。


「っと、はよ帰るか」


 あまりジッと見過ぎても良い気分にはならないので早く戻るとしようか。

 ちなみに、彼らにとって高いランク……まあ俺も敵視されることはあるかもしれないが、それでも刹那のような美少女相手だとそういうことはない。


「ま、気にしても仕方ない」


 所詮、何かない限りは絡むこともない。

 俺はそれから教室に戻り、死ぬほど眠たい午後を乗り越え、そして一度寮に戻ってから刹那と合流するのだった。


「どこ行くんだ?」

「そうねぇ……瀬奈君はお好み焼きは好き?」

「うん」

「なら決まりね。前に友達と行ったお好み焼きの美味しいところがあるの。そこに今日は行きましょうか」

「良いねぇ」


 刹那じゃないけど、最近あまりにも美味しい物を食べ過ぎて太らないかちょっと不安だが……まあダンジョンで体を動かしているから大丈夫だろう。


「……うん?」


 この考え、俺はどこかで聞いたことがあるなと首を傾げた。

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