かしまし

「……ふぅ」


 夕飯の時間、俺は少し外に出て一息吐いていた。

 昼からは雪と一緒に歩き回り、夕方になった段階で刹那と合流してから夕飯に来たのだが……うん、少しばかり疲れたかもしれない。


(ダンジョンに潜っている方が案外疲れないし、それだけ雪の為に神経を尖らせているし疲れるくらい楽しんでる証かな)


 本当に昔を思い出すなと俺は苦笑した。

 俺たちが刹那と待ち合わせをしたこの場所は海鮮系の料理が美味しいお店で、一般の人だとあまり来ることは出来ないくらいには高級店だ。

 まあ俺も探索者としてそれなりに稼いではいるが、こういう店に来るのは真一たちと思いっきり美味い物を食べたいくらいの時だった。


「さてと、戻るとしますかね」


 それから中に戻って二人と合流したのだが、まだ雪の食べる手は止まっていない。


「ただいま」

「おかえりなさい」

「おふぁえり!」


 口の中の物を無くしてから喋ろうな。

 そう言えば昨日の肉たっぷり料理もかなり食べていたし、雪ってこんなに食べる子だったかなと思うものの、それだけ美味しいってことなんだろうな。


「何していたの?」

「ちょっと外の空気を吸ってただけだ。束の間ではあるけど、この平和を心から感じていただけ」

「何よそれ」

「束の間の平和って……何か危ないことがあるの?」


 あ~、今の言い方だと確かにそういう意味に取られるか。

 別に危ないことをするわけじゃなくて、妹が居る日々が明日で終わるからこその言葉だったのだが、まあ家族との時間はあまりにも平和すぎるからな。


「にしても良く食べるな雪は」

「そうかな? 別に太ったりしないから良いかなって」

「……太らないのね」


 自分のお腹を触って刹那がボソッと呟いた。

 だからそういうことを気にしなくて良いのにと思うのだが、それを言うと話が長くなるので何も言わない。


「え、刹那さん全然太ってないじゃないですか。それなのに気にするんです?」

「そう見えるだけよ……あ、別に太っているってわけじゃないわよ!? 私は全然太っていない!!」


 その必死な否定が余計なんだってば!

 ただ雪の感性も俺と同じだったらしく、本当に太っていませんよと言って言葉を続けた。


「雑誌で見るグラビアアイドルなんて目じゃないくらいスタイル良いですよ? 私だって憧れてしまうほどです」

「雪ちゃんだってスタイル良いじゃない。それで中学生なんだから同学年の男の子はさぞ大変なんじゃない?」


 そうだな、もし何かあったら俺も刀を抜かずにはいられないだろう……冗談な?


「あむ……」


 俺は頼んでいただし巻き卵を食べながら、仲良く話をする二人に見つめる。

 女の子が二人集まれば騒がしくなるのは当然として、話の内容も女の子らしいものになると男の俺は聞く側に回るしかない。

 化粧品だったり香水だったり、その辺りのことは全く分からない。

 そして、料理を食べ終えた後……雪は禁断の言葉を口にした。


「刹那さん、このジャンボパフェ食べませんか?」

「美味しそうね……でも……でも……うぅ!」


 カロリーが大暴発を起こしてしまいそうなメニューを雪は指差した。

 大きさもさることながら値段も流石に高く、デカデカと書かれたカロリーに恥じない量だが……刹那はしばらく考えた後、誘惑に負けたのか頷くのだった。


(どうせそのカロリーは乳に行くだろうし良いんじゃない?)

「大丈夫ですって。刹那さんの場合はそのおっきな胸に行きますから!」


 正直、俺は自分で考えた後に最低だなと考え直そうとしたのだが雪と思考が同じだったようで安心した。


「それはそれで困るのよ? この気持ち、雪ちゃんなら分かるでしょ?」

「……そうですね。すみませんでした」


 よし、聞こえないフリをしよう!

 女の子にしか分からない悩みには極力聞こえないフリをするに限る……もちろんどう思うかって聞かれたら答えるけど流石になぁ。


「ふぅ、ご馳走様でした!」

「ご馳走様」


 食べる前は手があまり動かなかった刹那も、最終的には綺麗にぺろりとパフェを平らげていた。

 どうせダンジョンに行って体を動かすから大丈夫だとブツブツ言っていたけど、剣を振りながら駆け回っている刹那のことだしそれ以上にカロリー消費はするから全然大丈夫だとは伝えておいた。


「それにしても……探索者かぁ。憧れるけど、やっぱり怖いかな」

「そう思えるのは大切なことよ。最初は怖かったけど、段々と慣れてくると怖さはなくなってくるから」

「そうなんですか?」

「えぇ、別にダンジョンに潜って死んだりするつもりは微塵もないけど……もしも絶望的な状況に陥った時、どうにかならなかったら仕方ないって簡単に肚を括りそうになるから」

「……あ~」


 確かにそれはあるかもしれない。

 刹那が言ったように死ぬつもりは毛頭ないのだが、絶対的にマズイ状況に陥った時は精一杯足掻いた後、どうしようもなくなったら素直に諦めるかもしれない。


(……いや、たぶんそれはないかな)


 俺が諦めた時、それは雪や母さんを悲しませることに繋がってしまう……それを考えたら足掻いて足掻いて、たとえ四肢を失ったとしてももがいて地上を目指すんだろうな俺は。


「……ま、俺は肚を括ったりはしないかな」

「確かに瀬奈君はそうかもね」

「おうよ。だからまあ、俺の目の届く範囲でなら刹那のことも助けに行くよ。以前にそう伝えたしな」

「……うん、ありがと」

「兄さんかっこいい!」


 かっこいいとか優しいとかそんなもんじゃない、友達を助けるのは当然のことだ。

 さて、既に夕飯は済ませたがまだまだゆっくりしたいとのことでこの場で時間を潰すことになったのだが、何故か刹那と雪は俺のことばかり話すようになってしまい、やめてくれと俺が顔を真っ赤にする事態に発展してしまった。


「もうやめろ! 流石に恥ずかしいから!」

「あら、まだまだ瀬奈君のことは話せるわよ?」

「そうだよ。私だって刹那さんに色々話せるし、逆に色々聞きたいもんね!」


 女の子が集まると大変だよ……俺は改めてそう思った。

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