目的はやはり刹那

 辺りも随分と暗くなった。

 沙希と夢は先に寮に戻ったのだが、俺は少し刹那の用事に付き合っていた。


「……なんつうか、良いよなこういうの」

「でしょう?」


 俺たちが訪れたのは高級鍛冶屋で、ここは探索者たちの命とも言える武器を万全の状態にしてくれる場所だ。

 鍛冶師のスキルを持った人間は数多く居るものの、刹那の剣の手入れを出来るほどの高レベル鍛冶師はそうは居ない……まあ研いだり魔力を注いで切れ味を保つくらいなら並みの鍛冶師にも出来るのだが、やはり万全という意味では良い鍛冶師を頼りたい刹那の気持ちは良く分かる。


「……良いねぇ」

「ふふっ」


 剣の手入れなんて見ていても退屈なだけだと思っていた。

 しかし動画サイトなどで刀や剣を一から製造する過程の動画を見るのは個人的に大好きなのもあって、刹那の剣がメンテナンスされているのを見るのは普通に見ていて楽しい。


「男の子って感じの目をしてるわね」

「男の子だからな。かっこいい武器とスキル、ロボットは男のロマンだぜ」

「ロボットかぁ……そっちに関してはあまり知らないのよね。どんなのが良いの?」

「最近だとそうだな――」


 刹那はレギオンナイトが好きみたいだけど、ロボットに関してはどうかなと思いつつオタクをそこまで出さないようにしながら彼女に話をした。

 ただ途中から熱が入ってしまい刹那を置いてけぼりにしてしまったのだが、彼女はクスクスと楽しそうに笑ってくれたので俺としても少し安心した。


「すまん、ちょっと止まらなくなったわ」

「全然構わないわ。でもなるほどねぇ……帰りにDVDでも借りようかしら」


 その言葉が嘘か本当かはどうでも良いが、興味を持ってもらえたのは嬉しいところかな。

 それからしばらく刹那と並んで剣のメンテナンスを眺めて数十分が経過し、ようやく終わったのか鍛冶師が剣を刹那に手渡した。


「いつもありがとうございます」

「良いってことよ。うちとしても、Sランクのお嬢さんの武器のメンテナンスは光栄なことだからな!」


 恰幅の良いおっちゃんはガハハと笑って次の仕事に取り掛かるのだった。

 刹那も満足そうに剣を眺めているので、俺も金に余裕はあるし弓の手入れで訪れるのも良いかもしれないなと考えた。

 そして、店から出たところで刹那に耳打ちをする。


「刹那」

「……なに?」


 俺の声のトーンから大切な話だと刹那は勘づいたようで、いつかのように不自然ない動作で少しだけ俺に身を寄せた。


「ダンジョンを出た辺りから尾行されてる」

「っ……」


 そう伝えると刹那は瞳を銀色に輝かせた。

 彼女が俺に教えてくれた天使としての覚醒、あの時もそうだったがこの状態の彼女はやはり雰囲気が違うし、何よりただでさえ鋭い感覚が更に鋭くなっているようだ。


「本当ね。締めてやろうかしら」


 こきっと指の骨を刹那は鳴らした。

 他にもいくつか視線というか気配を感じるのはおそらく、鏡花さんが言っていた皇グループのボディガードだろうか。

 刹那の身に何か危険が迫った時の為にいつでも動けるようにしているのは間違いではないらしい。


(どんな目的があるにせよ、近々何かが起こりそうだと勘が言っている以上は早めに処理した方が良い)


 仮にこちらに何かあっても刹那を含め、鏡花さんたちも手を貸してくれそうだしいっちょとっ捕まえるとしますかね。

 今から奴を捕らえる、そう伝える前から刹那は頷いた。


「その顔で分かるわよ瀬奈君。私もいい加減にしてほしいと思っていたし、取り敢えず話を聞いてみましょうか」

「……良く分かったな?」

「まあね♪ でも……これは私の問題だから敢えてこう言うべき? 手伝ってほしいって」

「刹那なら一人で余裕だろ? でもまあ、友達だからな」

「……ありがとう」


 これもまた縁ってやつだ。

 その後、簡単に打ち合わせをしてから俺たちは路地裏に入って行くのだが、別に打ち合わせといっても難しいことは何もない。

 俺たちを……正確には刹那を追いかけてきたグラサンスーツ男を捕まえるだけだ。

 俺は魔弓を発動し、奴がどんな動きをしても大丈夫なように矢を待機させ、刹那は剣を片手に真正面から突き付けた。


「っ……これは」

「どうも千条院家の付き人さん。何故尾行しているのか詳しく聞かせてもらおうかしらね?」

「……………」


 刹那の鋭い視線に男はたじろいだ。

 そこそこやりそうな印象だけど、探索者の基準としてはAランクに届くかどうかといったくらいか……まあそれでも一つの家に仕える使用人としては破格だ。


「皇のお嬢様に関してましてはご不快にさせてしまい申し訳ありません」

「何も言わず尾行されていたら誰でも不快になるわ。私の要求は簡単よ――何故こんなことをしているの?」

「……………」


 黙ったまま何も言わない男に刹那は更に剣の切っ先を近づける。

 刹那のことだから決して突き刺すまではいかないでも、その眼力と迸る魔力には迫力があり、男はその屈強な体に似合わず僅かに悲鳴を上げた。


「わ、分かりました! ただ……私も詳しくは知らないのです」

「続けて」

「……坊ちゃまと旦那さまからお嬢様の様子を逐一報告しろと。何か特別な力の発動があったらすぐに知らせろと」

「……なるほどね」


 特別な力の発動……やはり天使の力に関してと見るべきか。

 こうなると刹那が言っていた予想もある程度は信憑性が増したし、本当に千条院は刹那の中に流れる天使の血が欲しいのか……う~ん。


「……………」


 なんというか、別に刹那のことを特別に考えているわけではない。

 それでもただ彼女の中に流れる血だけを求めて繋がりを欲するというのはどうも気に入らないというか、ちょっとその発想自体が気持ち悪いというか……上手く言葉に出来ない不快感があった。


(俺は当事者じゃないから気にしても仕方ないけどな)


 男はそれ以上は本当に知らないようで、刹那もこれ以上は追及しないようだ。

 ただ、こうして付き纏われるのもこれまでにしたいということで、近いうちに千条院の家に正式に向かうことを決めたようだ。


「どんなことになるにせよ、千条院家と縁を結ぶことはないって言わないとね。父も母も私の意志を尊重してくれているし……早めにこういうことは伝えるのが良いでしょうね」

「いや、向かうより来てもらった方が良いんじゃないか? あくまであっちに非があるわけだし、わざわざあっちに乗り込む必要はないだろ」

「あら、心配してくれるの?」

「何もないことは分かってる。でも心配するのは当然だ」

「……そうね。そうするわ」


 スッと顔を背けながら刹那はそう言った。

 取り敢えずは彼女を含めて皇家が動けばどうにかなるかと俺は安心し、その日はそれで解散するのだった。

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