皇との放課後
「ちょっと良いかしら?」
「っ!?」
「……ちょっと、何をお化けを見たような顔をしてるの?」
「だっていきなり過ぎるだろ!!」
大きな声で文句を言った俺を皇は不思議そうに見つめている。
もしかしたらあの霊草を取りに行った帰りのことで何か聞かれるだろうことは予期していたが、彼女ほどの大物なら普通に声を掛けてくると思ったのだ。
(だと思ったら教室から出たすぐそこに居やがって……)
今からトイレに行こうと思って油断していたところに彼女は声を掛けてきた。
教室から出たすぐそこに彼女は居たものだから、我慢していたものがちびりそうになったくらいにはビックリした。
「……その、驚かさせて悪かったわね」
そう言って彼女は素直に頭を下げた。
あの時のやり取りから思ったことだけど、少し天然気味な部分があるだけで根は至って真面目であり、他者を思い遣れる心と謝ることの出来る素直さもある……ちょっと天然だけど。
「何か失礼なことを考えてない?」
おまけに鋭いと……つうか、俺は君に言いたいことが一つある。
「すまない皇。俺は君に大事なことを伝えないといけない」
「な、何かしら」
真剣な空気を醸し出す俺に彼女は背筋を伸ばした。
おそらく突然の変化に驚いたんだろうけど、俺はそれを気にすることなくこう伝えるのだった。
「俺はトイレに行きたいんだ。行かせてくれ」
「……ほんっとうにごめんなさい」
やっぱりこの子天然だよ。
綺麗な所作で頭を下げたことでサラッと揺れる金髪が綺麗だなと、そんな場違いなことを考えながら俺は彼女の横を通る。
「せめて放課後にしてくれないか? 二区の喫茶店でもどう?」
「……それで良いのなら全然構わないわ」
「決まりだな。それじゃあ放課後に」
「えぇ」
ということで、急遽Sランクの美少女と約束をしてしまった。
それで一旦安心してくれたのか、皇はヒラヒラと手を振って教室に入っていき、俺はそんな仕草にすらちょっと照れるくらいには彼女の笑みに見惚れてしまう。
「まさか、全く恋愛をしてこなかったツケがこういうところに出るとは……まあでも女の子の笑顔一つで顔を赤らめるくらい普通だろ男なら」
そう自分に尤もらしい言い訳をしつつ、しっかりとトイレに行ってスッキリした。
「しっかし、今日もあいつの姿を見ねえなぁ……」
あいつとは千葉のことだ。
あの出来事があった次の日から見なくなり、特に誰もそのことについて話をしていないので情報は何もない。
まさかあの出来事が何らかの形で咎められ停学でもくらったのか、そんなことを考えたが真相は分からない。
「あ、瀬奈じゃん!」
「うん?」
元気な女の子の声が聞こえたと思ったらすぐに背中にドンと衝撃を受けた。
「いきなり抱き着いてくるな沙希」
「えっへへ~、まあ良いじゃないのさ知らぬ仲じゃないんだし」
それはそうだが……この抱き着いてきた女子は
そして何より、真一と芳樹の二人とパーティを良く組んでいる一人になる。
真一たちに付き合うということはつまり、彼女とも良く一緒になることが多いのでその関係でこうして親しくしてくれる。
「また一緒にダンジョン行こうよ~」
「ま、機会があればな」
「うんうん♪ なんなら瀬奈も固定でパーティに入ってくれれば良いのにさぁ」
「ありがたいけどしばらくはソロだなぁ俺は」
彼女もまたこうして良く俺をパーティに誘ってくれるが、基本的にソロで動くので本当にパーティに入るのは気分だ。
「瀬奈の援護とか凄く頼りになるし、何より背後を気にしなくて済むってのが良いんだよね」
「そこは気にしろよ」
「それくらい信頼してるってこと」
「ありがてぇことで」
今となっては魔弓のスキルもあるし、習得してから一度だけ一緒にダンジョンに彼らと潜ったけど、その時も本当に活躍してくれた。
そもそも縦横無尽に矢の軌道を操れる時点でおかしいって俺自身が思うほどだ。
「ま、また一緒に頼むわ」
「あいあいさ~! じゃあねぇ!」
ちなみに沙希はBランクになったばかりだが、それでもずっとパーティを変えることなく真一たちと一緒に居る。
『気が楽だし、何より私はこのメンバーで強くなりたい。もっともっと強くなりたいんだから!』
それは仲間想いの沙希らしかった。
おまけに先日の普通科とのイベントに関しても、彼女の明るさは普通科の生徒たちの励みになったようで、それも良い方向に作用したようだった。
「ほんと、あいつらとダンジョンに行くのは楽しいもんなぁ」
ダンジョンは危険と隣り合わせ、それこそ一瞬気を抜くだけでその命を散らしてしまう危険性もある。
そんな中でも常に笑顔が絶えず、みんなでみんなを守りながら戦うあの空気は本当に居心地が良く、他の生徒からも羨ましそうに見られることも多い。
「まあそれだけギスギスしてるって証だけど」
また俺も真一たちとダンジョンに向かうか、そう考えて教室に戻るのだった。
それから放課後まではすぐに時間が過ぎて行き、相変わらず心配そうな妹からの連絡に大丈夫だからと返事をしつつ、皇と待ち合わせた喫茶店へと訪れた。
「待たせたな」
「いいえ、元々私がこうさせたようなものだから」
「……ほんと、皇って変なところで礼儀正しいっつうか」
「普通じゃない? その……自分で言うのも何だけど、あなたに剣を向けたことも含めてすぐに手が出てしまうから」
「それは困るな」
「……うぅ」
顔を赤くして俯いた皇に俺は苦笑した。
彼女と向き合うように席に座り、店員が来たので紅茶を頼んだ。
「皇は?」
「私は……私も同じで良いわ」
「畏まりました」
店員が離れて行ったのを確認し、皇は早速と言わんばかりにこう口にした。
「昨日あなたをSランク階層で見たわ」
「あぁ」
「何をしていたのか、何があったのか、それは聞かないでおきましょう」
「うん」
「敢えてこう聞かせてもらうわ。あなた、力を隠してるでしょ?」
ニヤリと笑いながら皇は俺を見つめるのだった。
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