第75レポート きたれ!幽霊騎士!

騎士とはあるじに仕える者。

騎士とは誇りを胸に戦う者。

騎士とは家名を継ぐ者。

騎士とは民を守る者。


即ち騎士とは誰かの為に在る者。




「見上げると、そいつは言うんだ。お前を喰ってやるぞぉ~、って、な。」

「わあ~、こわ~いっ!」


表情に手振りを交えて、おどろおどろしく語ったザジムにエルカが悲鳴を上げた。

いや、悲鳴というには明らかに笑っている、楽しんでいる。


ここはエルカの自室。

部屋中の光源を消した事で室内は真っ暗だ。

机の上に一つだけ魔石の灯りを掲げる三叉さんさの燭台を置き、五人でそれを囲む。


部屋の主であるエルカ。

怖がらせてやろうとやる気なジル。

いつも通りなロシェ。

怖い話なら任せとけ、との事でザジム。

そして、目をつぶり、口を真一文字につぐんで、小さく振動しているメイユベール。


途中から、とある一人を怖がらせるための会となっていた。


「じゃあ、次は私だね。ふふふ、覚悟!」

「期待。」

「ジルちゃん、よろしく!」

「はいっ!」


意気揚々と返事をしてジルは話し始める。


「ナーヴェ連邦は海と島の国、だから海に関する話が多いのです・・・・・・。」


いつもの元気の良さは鳴りをひそめ、可能な限り重々しく語る。


「ある日、二人の漁師が小さな船に乗り、沖合で漁をしていました。」


エルカは先を楽しみにしている様子で前のめりになっている。


「天気は快晴、絶好の漁日和。早朝から網を入れ、魚を沢山獲っていた。」


ロシェはいつも通りにその話を聞く。


「ふと一人が顔を上げると周りは黒い霧が満ちているように真っ暗になっている。」


ザジムは中々上手く話を進めるじゃないかと腕を組んでいる。


「二人が震えあがっていると海の底から響くような声が聞こえるのです。」


ベルはもう何も聞きたくないと思いつつも強がりながら目を瞑り続けていた。


「我が財宝を奪ったのはお前達か、と。」


燭台に輝く魔石がチカチカとその光をまたたかせる。


「次の瞬間、二人の前に現れたのは宙に浮かぶ、破れた帆を張る海賊船だった。」


どこかからか冷たい風が吹き込んできた気がする。


「そしてその甲板かんぱんには・・・・・・・・・・・・。」


ぐっ、と言葉を溜める。

他の四人は息を呑む。


「赤い貴族の服に身を包み、二振りの護拳湾刀サーベルを携えた、骸骨の船長が~~~。」

「ぎゃああぁぁぁっ!!!」


遂にベルの我慢のつつみが決壊した。

存分に怖がってくれた様子にジルは満足そうに大笑い。

不満全開にベルはジルの肩を腕を平手で何度も叩いた。




「じゃあ、次は私。」


そんなベルの様子など一切考慮せず、ロシェが小さく手を上げる。

殆ど涙目のベルは、再び腕を組んで目を瞑って硬直した。


「あれは私がまだずっと小さかった頃、んと、多分六十年くらい前。」

「実話かよ・・・・・・。」

「これは凄いのが聞けそうな予感!」


やっぱりエルカは目を輝かせている。


「一人で森に行ってはいけない、そう言われてた。でもそれを破って森に入った。」


淡々と、抑揚無く、ロシェは続ける。


「森の中を歩いていると木々が無い小さな原っぱがあった。そこだけ、不自然に。」


ジルとザジム、そしてベルは以前訪れたエルブンの森を思い浮かべた。


「原っぱの真ん中に立った瞬間、凍るような寒気が足から頭へ流れた。」


エルブンの森は比較的温暖、寒さを感じるような場所ではない。


「え?と思って見回すと、そこから見える木の影から何かがこっちを見てた。」


魔獣か、幽霊か、四人は固唾を呑んで次の言葉を待つ。


「ゆらり、ゆらりと揺れているそれを見ていると突然どしゃり、とそれが倒れた。」


倒れた?どういう事だと疑問符が浮かぶ。


「何だろう、と近寄る。途端に何かの臭いが鼻を突く。」


臭い、嫌な予感がする。


「そこにあったのは。」


一旦、言葉を区切り、そして繋げる。


「ぐずぐずに腐って肉が溶け落ちた人間の死体。ただ目玉だけがこっちを見てた。」

「おえぇっ!」

「幽霊とか魔獣じゃねぇのかよ!」


ベルが嘔吐えずく、ザジムが吠える。

凄惨な経験にもかかわらず、ロシェは話し切って満足げだ。

エルカはやはり喜び、ジルは苦笑した。




「はいはーい、じゃあ次は私~。」


エルカは高々と手を上げる。

話の順番が回ってくるのを今か今かと待ちわびていたようだ。

ジルは再び苦笑した。


「これは私がまだ子供の頃に聞いたお話・・・・・・。」


怖がらせようとするエルカは声を低く、暗くする。


「旅人が街道を急ぎ足で進んでいました。既に日は沈み、辺りは暗い。」


その情景を声色をもって表す。


「ただ一人、道を行くも月明かりだけが頼り。旅人は段々と心細くなっていった。」


優しく絵本でも読むように、さりとて恐怖を掻き立てるように。


「このままでは魔獣に襲われてしまうかもしれない、恐怖が心に影を落とす。」


四人はエルカの話に聞き入っていく。


「その時だった。旅人は背後で金属が擦れる音を聞いた。鉄靴てっかの足音だ。」


話が佳境に入る。


「旅人は歩を進める、足音はすぐ後ろから続く。足を速める、足音も速くなる。」


ジルとザジムとロシェは興味深そうに聴き、ベルは顔を青ざめさせながら話を聞く。


「恐怖にかられた旅人は、意を決して後ろを振り返った!」


語気を強めて登場人物の心境を表現する。

その言葉の調子に反射的にベルの肩が跳び上がった。


「・・・・・・でも、そこには何もいなかった。あるのは夜の闇だけ。」


ベルがあからさまにホッと息を吐いたのが分かる。


「旅人は安心して先を急ごうと前を向く。」


その時だった。


がちゃん、と部屋の中で金属が床に落ちるような音がした。

話に熱中しているエルカ以外の全員の肩が跳ねる。


がちゃん、がちゃん、がちゃん


規則的に音が鳴る。

それは話の中で出てきた鉄靴てっかの音ではないのか。

ジル達は音のする方向を見るも部屋の中は暗く、何も見えない。


「その時だった!」

「ぴぃっ!!!」


意識が完全に音に向いていた所にエルカが声を発した事で、ベルが鳴いた。


「前を向いた旅人の目の前。額が付くほどに近い位置に生気の無い顔があった。」


ベルがエルカを見たまま目を見開き、震えている。

ジル達も背中に冷や汗が伝うのを自覚した。


「あまりの事に驚き、旅人は尻餅をつく。衝撃に一瞬、目を瞑り再び目を開けた。」


旅人がやったようにエルカも目を瞑り、そして目を開く。


「そこには何もいなかった、あるのは夜の闇だけ。旅人は駆け出す。足音も続く。」


エルカの話に連動するように部屋の中で鳴っていた鉄靴の音も速くなる。

全員に恐怖が伝播でんぱする。


「旅人の目に町の灯が映る。あそこまで行けば助かる。そう思った。」


ホッとした旅人の姿を現すようにエルカの表情も和らぐ。


「ようやく町にたどり着き、焦りながら門番に声をかけた。門番は旅人に応じる。」


話は終わりに向かう。

ようやく終わるのか、と全員が安堵する。


「夜中の来訪者に門番は告げた。町に入るのは二人だな、と。」


ジル達の背にぞわぞわとした嫌な寒気が突き抜けた。


「おーしまいっ!」


エルカは至極満足そうだ。

そして部屋に光が戻る。


「あ!エルカさん、やりましたね~!!!」


机から少し離れた場所に鉄靴が二つ。

その表面には術式が書かれ、中には魔石が設置されている。

先程の足音はエルカの仕業だったのだ。


「バレちゃった~。うふふ、ごめんね。」

「ごめんじゃないッスよ、流石に肝が冷えました。」

「ちょっと怖かった。」


流石のザジムとロシェもホッとした声を発する。


「この話に出てくるのは幽霊騎士 ―ゲシュトツァリ― っていうの。」

幽霊騎士ゲシュトツァリ・・・・・・そのまんまですね。」

「こんな話だけど、旅人を夜に徘徊する魔獣から守ってくれる存在なのよ?」

「もうちょっと優しく守ってほしい話ッスね・・・・・・。」


うんうん、とロシェも頷く。

そこで普段強気なベルが静かな事にジルが気付いた。


「ん?あれ?ベルちゃん静か・・・・・・あっ!」


ジルがベルの顔を覗き込む。

ベルは白目をむいて失神していた。


「あ~あ、エルカさん~。」

「あらあら、ちょっとやりすぎちゃったかな~?ベルちゃんごめんね。」


意識が闇の彼方へと飛んで行ったベルにエルカは謝罪する。


ベルは闇の中で、もう二度と怪談話に付き合わないと誓ったのだった。

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