第63レポート いでよ!次への一歩!

―――レゼル防衛戦から三ヶ月。


周辺各国の支援もあり、レゼルでは防壁の補修や建物の修繕が急速に進んだ。

今ではすっかり元の姿を取り戻していた。


戦場に現れた黒い渦。

あれはいったい何だったのか。


解明のためにブルエンシアの魔法研究者が大勢派遣され現場調査が行われた。

帝国とカレザントの魔法使いもこれに参加し、徹底的に調べ上げられた。


だが結局、何の物体も、事象も、魔法の痕跡も、見つけ出す事が出来なかった。


異常な魔力溜まりが発生し、魔獣がどこかから転移してきた、という形で決着する。


多くの人々はこれに納得して安堵した。


英雄、聖女、破拳、賢者、そして皇帝。

かつて大戦を最前線で戦った者は感じ取っていた。


きな臭い何かを。




レゼルの商人組合の片隅でオーベルはいつも通り酒を呑む。

今までと異なるのは、多くの傭兵が彼を囲んでいる事だ。


「オーベルさん、剣の腕を上げるにはどうすればいいでしょうか!」

「おん?そんなもの、剣を振れば良かろう。」


当たり前だろう、とオーベルは酒を呷る。


「一つだけ助言するなら、そうだのう、剣の使い手以外と組んで訓練せい。」

「剣以外、ですか?」

「同じ武器で戦う都合のいい展開なぞ、そうそう起きるものではないからな。」

「なるほど!ありがとうございます!!」


腰を直角に折って頭を下げる。

同じ問いを抱えていた槍を持った者と斧を持った者を連れて、建物を出ていった。


「オーベル先生!実入りのいい仕事が回って来ません、どうすれば!?」

「先生言うな!細かい仕事を全力でやれぃ。そういう事を言う奴は大体同じだ。」


ふん、と鼻を鳴らし、オーベルはたしなめる。


「どうせ些末さまつな仕事には手を抜いておるのだろう?」

「ゔ。」

「仕事は頼む側も覚悟がいる。それに応える覚悟がない、と見られておるのだ。」

「ぐはっ。」

「まずは信頼を積み重ねろ、馬鹿者が!」

「すいません!!!荷物配達行ってきますっ!!」


若い傭兵はカウンターで依頼を受け、木箱を抱えて走って行った。


「うぅ・・・・・・、おーべるさぁん、一年連れ添った彼氏と別ればじだぁ~。」


大泣きしながら女性傭兵は机を叩く。


「お前よりもっといい女見つけた、がらっでぇ~。うわーーーーーーーん。」

「おうおう、落ち着け落ち着け。」


机に突っ伏してわんわん泣く女性傭兵をなだめる。


少し落ち着いて彼女は顔を上げた。

その泣き腫らした目元が悲しみを物語っている。


周囲の傭兵も気の毒な彼女に憐憫れんびんの目を向けていた。


「言い切ってもいい、その男は女に刺されて死ぬ。」


オーベルは言い切った。


「他人からの信頼を裏切ったやからは大抵酷い目に遭うものだ。」

「ぐずっ、ぐずっ・・・・・・。」

「すっぱり忘れて、新しい男でも見つけるといい。」

「でも、でもぉ・・・・・・。」

「ああもう、ウジウジするな!一人だから未練があるのだ。よし!そこのお前!」

「え、俺!?」


指をさされた若手の傭兵が自分で自分を指して言う。

周囲の傭兵は彼から一歩その身を避けた。


「お前に任せる。」

「え?えぇと・・・・・・?」

「お前さんは故郷に良い娘もおらんし、出会いが無いとくだを巻いておったろ。」

「いや、言ってましたけど・・・・・・。」

「ちょうど良いではないか!」

「んな滅茶苦茶な・・・・・・。」


困惑しながら男と女は見つめ合う。

周囲の傭兵達にはやし立てられて、彼らは食事に行く事になり出ていった。


「オーベルさん!」

「オーベル師匠!」

「オーベルの旦那!」


あの防衛戦から多くの者が彼に相談を持ち掛ける。

老いぼれには荷が重いと言いつつも、豪快に笑って酒をあおるのだった。




領内の貴族からの陳情がまとめられた書類の束が届く。

机の上には承認と否認の押印がされ、仕訳けられた書類の束が塔を作っている。

受け皿ソーサーに置かれたカップに注がれた紅茶は大分前にその熱を失っていた。


切りのいい所まで確認し、書類から顔を上げる。

焦点が合わず視界がぼんやりとかすんで見えた。

眉間を押さえてベリアルトは既に冷め切った紅茶を一息に飲み干し、立ち上がる。


彼女の執務室も、窓から見える庭園も綺麗に整っていた。

いつもと変わらない日常、書類との戦いだ。


「ぐぅぅぅぅ・・・・・・っ!」


ずっと同じ姿勢で座っていた事で身体が凝り固まっている。

大きく伸びをすると身体中がばきばきと音を立てた。


前ヴァムズ公爵は途轍もなく業務遂行能力が高かった。

で、ありながら、書類仕事の苦労をおくびにも出さなかった。


長年の経験則も多分にあったのだろう。

だが、今、自身の眼前の書類の山程度なら瞬く間に討伐していた。


毎日午後には実子である自分達に剣の稽古を付けていたのを思い出す。

その後には身分を隠してこっそり街に出たりしていた。


よくもまあ、あんな事が出来たな、と同じ立場になった事で身に染みて感じる。


部屋の壁際には硝子で出来た四角い水槽があった。

技術向上のため、という特注した逸品だ。


注がれた水の上を小さな氷に乗ってゆらゆらと漂うものがある。


「はは、お前はいつも気楽でいいな。」


人差し指で軽くそれをつつく。

きゅいきゅいと鳴きながら、流氷アザラシコルアチョーカはベリアルトの指に頬ずりした。

その様子に彼女は破顔する。


癒しを得て、彼女は再び戦場へと立ち向かう。

若き公爵は今日もたみのために職務に邁進まいしんしていた。




「ふふふ、何だかちょっと緊張。」


エルカは椅子に座って微笑む。

彼女がいるのはバルゼンの料理屋、今日の午後は貸し切りだ。

彼女の隣にはアルーゼとイーグリスも座っている。


「オイ、おっさん!酒ねェのか?」

「後で出してやるから、ちっと待ってろ!」

「も~、迷惑かけるのはだ~め~。」


アルーゼの注文をバルゼンが抑え、イーグリスがたしなめる。

バルゼンは厨房の中で目下もっか格闘中だ。


「まあまあ、珈琲でもいかがですか?」

「オウ、貰おう。」

「あ~、じゃあ私は紅茶~。」

「はは、かしこまりました。」


マスターがカウンター裏で珈琲と紅茶を淹れる。

今日はカフェをお休みして増援に来ていた。


そうこうしていると建物の外、入口の横からささやくような声が聞こえてきた。


「ちょっと!さっさと行きなさいよ!」

「うわっ、押さないでって!」

「ったく、さっさと済ませて飯にしようぜ。」

「うん、お腹空いた。」

「まあそういうな、緊張もするだろう。」

「気持ちが落ち着いてからで構いませんよ。」


いつもの六人、いつもの調子。

軽く笑い合って、ジルは一歩を踏み出した。


「まあっ!」


エルカの顔に笑顔の花が咲く。


イーグリスも同じように笑っていた。

アルーゼはニヤリと口元に笑みを浮かべている。


ジルの姿もいつもと同じ。

一つだけ違うのは彼女が羽織っているローブの色だ。


「ハッ、あんまり変わり映えしねェな。」

「ちょっとアルーゼ、茶化さないの~。」


いつも通りの悪態をくアルーゼをイーグリスがまたも窘める。

勿論、アルーゼに悪意があっての言葉でない事はその場の誰もが理解している事だ。


「ど、どうでしょうか?」

「うん、うん!とっても素敵よ、ジルちゃん!」

「え、えへへ。」


師からの称賛にジルは照れて頭を掻いた。

その様子を見たベル達も店内へと入ってくる。


ベル達のローブもその色が変わっていた。


濃紺のうこんのローブ。

2等級研究者の証。


レンマは、妖怪に関する独特な研究成果が認められて。

ノグリスは、塵竜スピディアドラコに関する研究成果が結実けつじつして。


ザジムは、先の戦いの経験から武装魔法の魔力効率改善を編み出して。

ロシェは、金属や鉱物の魔力伝導に関する仮定を立証して。


メイユベールは、自身の経験を元に効果のある魔力増幅法を報告して。


そしてジルは、先の戦いにおいてマカミと繋がった感覚と変化へんげの立証を目指した。


あの時と同じようにマカミが変化出来ないか、実験を繰り返した。

結局、マカミが再度あの姿になる事は無かった。


しかしながら、中型犬程度だった大きさが大型犬くらいに進化したのだ。


立証は完全ではない。

だが、召喚したものとの繋がりと魔力によって姿を変えられる事を報告したのだ。


その結果、六人全員が2等級へとその歩を進めたのである。


「おう!お待ち!!今日は腹いっぱい食ってくれよ!!!」


豪華な料理が載った大皿をバルゼンが卓の上に置く。

それぞれ思い思いに飲み物が入ったコップを手に取る。


そして―――


「それじゃぁ~、ジルちゃん達の前途を祝して~~~~、かんぱーーーい!!」


エルカの音頭でその場の全員がコップを掲げた。




「エルカさん、ありがとうございます。」

「ん?改まってどうしたの?」


周囲の皆が料理を楽しみ、談笑する中で隣に座るエルカにジルは礼を言う。


「その、全部です。私を受け入れてくれた事も、色んな事を教えてくれた事も。」


ジルは今までを思い出しながら、エルカを真っすぐ見て、続ける。


「叱ってくれた事、励ましてくれた事、背中を押してくれた事、全部全部。」


姿勢を正す。


「本当にありがとうございます。」


エルカに深く頭を下げた。


「あらあら、私は師匠として当然の事をしただけよ?」


微笑みながらエルカは頭を下げたジルの両肩に手を置く。


「ジルちゃんが今、濃紺のローブを着られているのは、めげない努力の結果。」


身体を起こさせて、もう一度真っすぐジルを見る。


「もっと胸を張って、ね。」

「はい!でも、それでも、エルカさんに感謝を伝えたかったんです!」


エルカの微笑みにジルは大輪たいりんの花が開いたような笑顔で返した。


「これからもよろしくお願いします!!」

「もちろん、こちらこそよろしくお願いします!」


凸凹の師弟。

天才と落ちこぼれ。

そんな二人。

だが誰よりも強い絆で結ばれていた。

だからこそジルは更に前へと進んでいける。


これはまだ長い道の途中。

ジルは仲間達と師匠、そして召喚した存在ものと共に歩んでいく。


彼女の目指す召喚術の頂を目指して。


失敗が続いても心の中の情熱の炎は無くならない!

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