第12レポート いでよ!魔石ゴーレム!

白で揃えられた家具と綺麗に整えられたガラス扉の棚。

ちり一つ無さそうな程に綺麗に掃除された床。


複雑にフラスコとガラス管が組み合わされた実験機器が部屋の奥に鎮座している。

机の上にはジルでは理解できない難解な術式が記載された本が並んでいた。


机の隣には背の高い細い本棚。

その棚には専門書がぎっしりと格納されている。


ジルの部屋の五倍以上の広さがある広い部屋。

今日はエルカの部屋に来ていた。


フラスコに色々な種類の魔石を、複数の触媒を反対側のガラス管に入れる。

ぽたりぽたり、と混ざり合った触媒が魔石に一滴ずつ落ち、魔石がじわりと光った。


触媒が全て落ち切ると魔石がいっそう強く光る。

エルカがフラスコに手をかざし、魔力を注ぎ込んだ。


光は次第に収まっていき、フラスコの中には色が混ざった魔石が一つ残っていた。

それを取り出し、確認する。


「ふう。ひと段落、かしら。」


エルカは額の汗をぬぐって一息つき、テーブルを挟んでジルの向かいに腰掛ける。


ジルがやって来た時にれられた紅茶は既にその熱を失っていた。

エルカは、あら、と小さく声を上げたが、そのまま紅茶を口に含む。


「ジルちゃん、お待たせ。この実験だけはやっておきたかったから・・・・・・。」

「いえいえ~。」


少々げっそりとしながら、ジルは笑ってそう答える。


自分の実験で術式が分からない所があった。

だから自分の師匠であるエルカに聞きに来た、これが今朝の話。

そして、実験途中だから少し待ってて、と言われて今に至る。


今は、夕方だ。


エルカは美人で清楚で柔和にゅうわで優秀。

優しくとも一本芯があり、主張するべきは主張する。


研究者にありがちな我が身かえりみず、のボロボロの姿なんて見た事がない。

きちんと化粧もするし、立ち居振る舞いにも何だか品がある。

普通の恰好で町にいたらお嬢様かと思うだろう。


誰が見てもエルカは魔法研究者として理想的である。


だが、欠点がある事をジルは良く知っていた。

一つの事に集中すると他が一切気にならなくなってしまうのだ。


集中力が凄い、とも言えるが、待たされる側はたまったものではない。

彼女を師として仰ぐジルは修業時代に何度も被害を受けた。


朝から晩まで立ちっぱなしにさせられたことは一回や二回ではない。

だが、そんなエルカの事がジルは大好きだった。


「それで、どこが分からないのかしら?」

「ああ~、っと、どこでしたっけ。忘れちゃいました。」

「あらら、ジルちゃんったら。」


ふふふ、とエルカは笑う。

ジルもつられて力なく笑った。


「ジルちゃんが来てから、もう三年か~。早いなぁ。」


エルカは紅茶を飲みながら遠い目をしながらそう言った。


「師匠なんて出来るかな?って思ってたの。」

「そうだったんですか?」

「話を聞いた時は不安だったわ。でも自分の師匠を思い出して受ける事にしたの。」

「エルカさんが師匠になってくれて助かりました~。」

「ふふ。それに遠いとはいえ、親戚からの頼みだった事もあるしね。」


冷めてしまった紅茶を湛えたカップを口に運ぶ。


「それに不安はすぐに無くなったわ。」

「なんでですか?」

「やって来たのがこんなに可愛らしい子だったんだもの!」

「かわいいとかそんな~。」


テレテレとしながらジルは頭をきつつ、笑う。

そんな様子をエルカは微笑みながら見ていた。


「でも私もエルカさんが優しい人で良かったです。」

「怖い人だと思われてたの?」

「だって凄い研究を十五歳から次々成功させてる研究者、って聞いてたんですよ!」


ジルは机に手を置いて身を乗り出す。


「どんな厳しい人だろうって不安だったんですよ。」

「やっぱりその情報だけだとそうなるのね。」

「でも来てみたらこんなに優しく教えてくれる綺麗な人だなんて!」

「あらあら~。」


エルカも少し照れながら笑った。


「でも、私が失敗ばかりでエルカさんは迷惑じゃないですか?」

「何言っているの、自慢の弟子に決まっているじゃない。」


少し表情を曇らせながら言ったジルに、間髪入れずにエルカは答えた。


「誰も研究していない事をやっているんだから、失敗なんて当たり前。」


ぴっ、とジルを指さして、エルカは続ける。


「失敗してもくじけずに挑戦し続けるのは実は凄い事なのよ?」


この国ブルエンシアでは魔法研究こそが国家の強み。


新しい魔法の創造や既存魔法の進化によって他国に対する優位性を保っている。

だからこそ失敗にも寛容であり、挑戦を推奨している。


だが、研究成果が出ない、という事は意気を挫くのに十分な威力がある。

自身の理想との乖離かいりに耐えられず、志半ばで国を出る者も少なくないのだ。


「だから、ジルちゃんは偉いの。」

「そ、そうですか?」

「そうなの!」

「えへへ、ありがとうございます!」


エルカの励ましにジルは元気を取り戻した。


ジルに対する陰口をエルカは知っている。


天才師匠の顔を潰すポンコツ弟子、元気だけが取りの研究者。

研究よりもアルバイトが本職、成果無しでも故郷に帰ろうとしない恥知らず。


そして、失敗召喚師。


酷い事を言われているのを聞くとエルカは血が沸騰するような感じがした。


だが、師匠である自分が反応してはジルの評判が更に酷いものになってしまう。

自分に対する陰口を研究で晴らせずに師匠に手間をかける研究者、等と。


可愛い弟子のジルがそんな事を言われるのは耐えられない。


だからエルカは我慢して、その時を待ち続けている。

ジルが誰からも認められる時を。


「あ!思い出した!エルカさん、魔石に刻む術式の話なんですが―――」


エルカは知っている。

関係が疎遠な師弟がいる、と言うよりその方が多い事を。


そんな中でジルは自身を頼って、頻繁に訪問してくれる。

今ではジルが来てくれる事が癒しになっている。


飲み干した紅茶も用意したお菓子も、自分一人の時は買わなかった物だ。

ジルが来たことで更に研究に張り合いが出た気がする。




ジルはエルカに術式を聞いて帰っていった。


今回は魔石ゴーレムを召喚するのだという。


先日、鉱山で大変な目に遭った、と聞いた時は本気で怒った。

しかし、その時に咄嗟に召喚が成功したと知って心底喜んだ。


召喚成功した小岩石人タイニーゴーレムと同じ系統にあって、魔石含有が多い魔石ゴーレム。

それならば、いつもよりも成功率は上がるはず、というのがジルの仮定。


誰よりもあの子の素晴らしさを知っているからこそ、もどかしい。

この場所ブルエンシアで成功して、誰も否定できない確証を見せてほしい。


多くの人に胸を張って、私の弟子は凄いんだ、と言って回りたい。


自身の師匠もこんな感じでやきもきしていたのかな、とエルカは思った。


エルカの師は高名な魔法研究者だった。

既に引退してしまったが、この国では珍しく優しい指導をしてくれた。


そんな師匠と違って、エルカの研究は主流派から外れた研究。

この国へ来てすぐの頃は成果なんて簡単には出なかった。


師匠と対比されて盛大に陰口を叩かれた。

それこそ自分の耳に簡単に入ってくる位には言われたものだ。


だから見返してやろうと研究成果を出し続けた。


自然と等級は上がり、いまや三等級。

幸いにして師匠が引退するまでに成長を見せる事が出来た。


自身はまだ若い。

ジルが成果をすぐに出せなくても待つことが出来る。


いつか盛大に自慢をさせてね、と走り去るジルの背中にエルカは微笑みかけた。


その後、盛大な爆発とジルの声が響き、エルカは肩を落としつつも笑ったのだった。

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