第7話「ダイビングキス(床)」
「待ってくれ。俺も急なことで心を整理できていないが菜々美が俺なんかのことを想い続けてくれていたことは嬉しい。あのとき菜々美のことを好きだったことは本当だし今だってそう思ってくれていることは嬉しい。というか驚いている。だが、俺なんて冴えないただの平凡な男子高生だぞ? 今の俺を見ても結婚したいって想いは揺らがないのか? よく見ろ、この冴えないツラを」
思い出は美化されるものだ。
今の俺をじっくり直視したら失望するのが普通だと思う。
しかし――。
「揺らがないよ! だって、しゅーくんはしゅーくんだもん! 昔のまんまだもん! こうやってちょっと話しただけでも懐かしさと愛おしさが爆発しそうだもんっ!」
こちらに唾が飛ぶほどの勢いで熱弁する菜々美。
というか、実際に飛んできている。
「そ、そうか……」
ここまでハッキリ断言されるとは……。
しかし、そこまで俺、昔と変わってないのか? 十一年前だぞ?
「しゅーくん! 恥ずかしがらないで! わたしの愛をストレートに受けとめて!」
「お、おう……」
とはいうものの、どうすればいいのか。
「とういうわけで! さっきのキスのやり直しだよ! しゅーーーくぅーーーーん! だいしゅきぃーーーーーーーー!」
本当に菜々美の頭の中はどうなってるんだ!
俺に向かって再び飛びついてきた菜々美を、やはり咄嗟に回避してしまう。
「むぐぅ!」
顔面から思いっきり床にダイビングキスしてしまう菜々美。
「す、すまん……つい」
あんな勢いでこられたら、どうしたってよけてしまう。
というか、こんな瑠莉奈や神寄さんがいる中で堂々とキスをできるわけがない。
「…………むぐぅうううぅうう~……!」
地の底から響くような唸り声とともに、菜々美は起きあがった。涙目だ。
「しゅーくんの意気地なし! 女泣かせ!」
「……今のは……おにぃが悪い……」
「国民的トップアイドルのキスを避けるなんて、いい度胸してますね~? それともBL的な趣味をお持ちなんですかぁ~?」
なんでそうなる。
俺はごく常識的な対応をしているだけなんだが。
「ともかくこのままでは埒(らち)があきませんし~、ちゃっちゃと事務所へ行きましょうか~」
なんかもうそれでいい気がしてきた。
「やだ! わたし、このまましゅーくんと同棲するぅ!」
強情だな……。昔からマイペースではあったが、さらに超絶マイペースになっている。まぁ、これぐらい押しが強くないと芸能界でアイドルなんてやってられないのかもしれないが。
「やっぱりハイパー修羅モードにならないといけませんかねぇ~……できれば、わたしとしてもそれは避けたかったのですが~……」
神寄さんは、カバンから般若のお面を取り出した。怖い。
さっきとはベクトルが違うが、こっちのほうがよっぽど怖い。
ここは俺がなんとかするべきだろう。
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