第83話 『竜vs竜狩り ④』
「……オレの負けだ。好きにしろ」
しばらく悶絶したのち。
ドカッと地面に腰を下ろしあぐらをかいたフレイが、観念したように言った。
「……で? 誰だ? この作戦を思いついたバカ野郎は。まあこういう悪知恵が働くのは、魔女よりお前だろうけどな」
フレイが俺とカミラを交互に見比べて、フンと鼻を鳴らす。
「ああ、そうだ」
別に隠すことでもない。
俺はあっさりと頷いた。
「どうあがいても、たった三週間でお前とまともに戦って勝てるわけがないからな」
これはアリスもカミラも、そしてリンドルムとも認識に相違はない。
しかし、である。
どんな手練れでも、相手がどんなことをしてくるか分からなければ最初は対処のしようがない。逆に言えば、時間が長引けば長引くほど手の内を読んだフレイが有利になり、リンドルムの勝ち目は薄くなっていく。
だからこその、『一分間の決闘』だ。
もちろんそれでも、リンドルムが勝てる見込みはほぼゼロだった。
だから、さらに奇策を用意する必要があったのだ。ここまではアリスもカミラも承知の上だ。
そのうえで、俺は二人には『大量の増殖体にセクハラをさせてフレイを怒らせ判断ミスを誘う。さらにできれば『
伝えていれば、二人の表情や言動でフレイに気取られる可能性があったからな。まあ、敵を欺くにはまず味方から、というやつだ。
そして実際、作戦はうまくいった。
「もしかして、これまでの強化訓練すらも最後の一撃への布石だったのかい? 彼女を勝たせるためとはいえ、私たちをずっと騙していたとは……まったく、君というやつは」
カミラはそういってちょっと非難するような目を向けてきた。
アリスは『うすうす勘付いていたけどね』と言うように、肩を竦めただけだ。
ちなみにそっちは、半分は買い被りだ。
そういう想定はしていたが、俺だってリンドルムが実力で勝ってくれればいいとは思っていたからな。
「まあ、二人には悪いと思っているよ」
とはいえ、強化訓練が無駄になったわけじゃない。
リンドルムの回避能力や度胸が元のままならば、この作戦を成功させることはできなかっただろう。二人は最高の仕事をしてくれたと思っている。
そして……当のリンドルムはというと。
「ククク……『竜狩り』フレイ、約束は守ってもらうゾ」
それはもう勝ち誇ったような邪悪な笑みを浮かべながら、フレイににじり寄っている最中だった。
「……フン。約束は約束だ。好きにしろ」
一方フレイは淡々とした様子だ。
律儀にも『
「どうしてくれよウ……やはリ、まずは共に食事か? その前ニ一緒に水浴びも悪くないノダ……ッ!」
リンドルムはそんなフレイを舐め回すように見ながら、自分の願望らしきものを口にしている。いるのだが……何かがおかしい。
「ククク……我が勝利したのダ、嫌とは言わせぬゾ。その後ハもちろん……我と一緒ニ添い寝タイムダッッ!」
俺は困惑した。
これはドラゴンなりの隠語なのか……? しかし、どうもそういう文脈には取れなかった。
だいたいこの後に及んでリンドルムが取り繕うとも思えなかったし、そもそもこの期に及んで隠語を使ってフレイをネチネチ責めるような性格じゃない(スケルトン兵には厳しいが)。
「……リンドルム。お前、誰かと『一夜を共に過ごす』ことの意味が分かってるのか?」
「何を言っているのだ、ブラッド? 言葉通りの意味以外ニ、何があるというノダ。……まさか他に意味があるというのカ?」
キョトンとした顔で、俺の言葉に首をかしげるリンドルム。さらに意見を求めるようにアリスとカミラを見た。
「…………」
「…………」
二人は同時に、無言でバッ! と顔を逸らした。
耳は真っ赤で、肩をプルプルと震わせている。
「むウ……二人とも、どうしたというのダ」
『ご主人、まさかリンドルムは……』
『あーし、『一夜をともにする』の意味ちゃんと知ってる!』
『レイン、そういうのは元気にカミングアウトしなくていいんだぞ?』
ともかく。
リンドルムがメシだの水浴びだのというのは、本当に言葉通りの意味らしい。
よくよく考えてみれば、決闘の前にフレイがカミラにセクハラじみた言葉を投げていたとき、リンドルムはピンときていない様子だった。
あのときは彼女が俺たちの事情について知らなかったからだと解釈したが……そもそもそういう知識を持っていなかったと考えれば腑に落ちる。
それにしては、紛らわしい言動をしすぎのような気もするが……
「くく、くくくっ……なるほど、なるほど」
そんなリンドルムの様子を眺めていたフレイだったが、今度は彼女がニイィ……と邪悪な笑みを浮かべた。
「オレは性別も種族もそれほど気にしないクチでな」
フレイはゆらりと立ち上がると、リンドルムに歩み寄った。さらにガシッと抱き寄せ、グイと彼女の顎を持ち上げる。
「ム……? 何ヲするのだフレイ! 離セ! 勝ったのは我だゾ!」
「ああ、勝ったのはお前だ子竜ちゃん。だからこれはご褒美の一つってヤツだぜ」
ゆっくりと、その顔を近づけてゆく。
「ま、待…………っ!?!?」
「子竜ちゃんに教えてやるよ。人間の『一夜を共にする』の意味をな」
フレイはリンドルムの耳元で囁いてから――
「……~~~~~~~~~~~~~~~~~!?!?!?!?」
あーあ……
「あーあ……」
「あーあ……」
『あーあ……』
『あーあ……』
二人を除く全員が、大きくため息を吐いた。
リンドルムは見た目十五くらいの少女だが、子供のドラゴンとはいえ実年齢はもうちょっと上なはずだ。多分大丈夫だろう。知らんけど。
「~~~!? ~~~~っ!?!? ~~~~~~ッッッッ!?!?!?!?」
フレイと顔を重ね、目を白黒させるリンドルム。
それは、どのくらい続いただろうか。
「あへえェェェ…………」
フレイが顔を離したときには、リンドルムの意識はどこか遠くへと旅立っていた。力なく、その場に崩れ落ちる。
しかし彼女の顔は幸福そうだった。
「ふう……ごちそうさん。子竜ちゃんには、ちっとばかり刺激が強すぎたか? まあ、これじゃあ『一夜を共にする』のはまだまだ早えーな。鍛えてから出直してきな」
「…………」
竜が竜狩りに本当の意味で勝利するのは、まだまだ先のことらしかった。
◇ ◇ ◇
フレイとリンドルムの決闘が終わったその翌日の朝。
日課を終え朝食の支度をしていると、玄関からドアを叩くコンコンという音が響いてきた。
「……なんだ、あんた」
扉を開くと、外に立っていたのは商人風の男女だった。
どちらも見覚えがある。
初めて商工ギルドを訪れたときに会ったヴァイク氏と女性職員だ。
「朝早くにすみません。商工ギルドのものです。聖剣錬成師であるブラッド様に折り入って相談したいことがありまして。お手数ですが、商工ギルドまでご足労頂けますでしょうか?」
「一応、用件だけ聞かせてくれ」
「最近巷を騒がせている、魔剣持ちについてです」
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