第82話 『竜vs竜狩り ③』
「悪りぃ、ブラッド。さっきのルール、守れそうにねぇわ」
爛々と目を光らせたフレイがそう言った。
「コイツを殺さずに制圧するのは無理だ」
続けて蒸気のような白い呼気とともに、そんな言葉を吐き出す。
肩に『
これではどちらが人間か魔物なのか、俺にも分からない。
「む……これは止めた方がいいんじゃないか? フレイは完全に頭に血が上っているよ」
「そうだよ兄さま。さすがにリンドルムが死ぬのは僕も本意じゃない。これでは、ただの殺戮劇になってしまう」
「ダメだ」
心配そうに語り掛けてくるカミラとアリスに、俺は拒否の意を示した。
「アイツはまだ戦う気だ。止められない」
リンドルムは狂獣のようなフレイと対峙してなお、戦意を失っていなかった。
むしろ高揚したような表情で、フレイを睨みつけている。
「……悪く思うなよ」
それは俺に言ったのか、リンドルムへの言葉だったのか。
ともかくそれが合図だった。
ドン、とフレイが地面を蹴りつける。
常人離れした脚力が、彼女の背後に大量の土砂が舞き上げる。
「シャアアァッ!!」
蛇のような奇声を発し、フレイが一瞬でリンドルムに肉薄する。
長身かつ筋肉質なフレイの全体重と身体の捻りが十分に載った『大食い』が、リンドルムの胴体を両断すべく襲いかかる。
「……ッ!!」
必死の形相で、リンドルムが身体をよじる。
どうにか回避に成功する。
「シッ!!」
だが彼女が休む暇はない。
次なる斬撃が、今度は彼女の斜め下から迫りくる。
「まだダッ!」
これも回避。
とはいえ文字通り間一髪だ。
リンドルムの前髪がすっぱり斬り落とされ、宙を舞った。
フレイの猛攻は止まらない。
今度は上段からの叩きつけ。一回転してからの胴薙ぎ。さらに二回転目からの斜め斬り上げ。突き。フェイントからの斜め斬り下ろし。三段突きからの斬り上げ、そして返す刃で斬り下ろし。まるで嵐のような連撃だ。
見ているこっちすら、一秒が十秒にも、十分にも思える。
俺も時間間隔を狂わせないよう、冷静かつ慎重にカウントダウンしてゆく。
……今、十五秒を切った。
「ぐ……ヌ……攻撃の隙が……ぐっ、……ないッ!」
とはいえ、リンドルムはそのすべてをどうにか躱しきっていた。
凄まじい剣圧のせいで手足には細かい切り傷のようなものが生じてはいるものの……行動に支障が出るというほどではない。
彼女は焦りを滲ませつつも、一撃の機会を逃さないよう虎視眈々と狙いすましていた。
息を忘れるような攻防の中、刻一刻と時間は過ぎてゆく。
俺のカウントはついに十秒を切った。
おそらく戦っている二人も、時間切れを意識しているはずだ。
リンドルムの方は、特に。
証拠に、防戦一方の彼女の顔には、徐々に焦りの表情が浮かび始めている。
対して、フレイは獣のような形相で剣を振り回しているが、的確にリンドルムの隙と攻撃の起点を潰し、自分の攻撃を畳みかけている。
彼女の恐ろしさは、あの狂戦士のような戦いぶりの中でも頭の中では冷静さを失っていないところにある。
もっとも、それを受け入れるリンドルムではない。
竜の反応速度と動体視力、そして俺やアリスたちが叩き込んだ戦闘経験をもってフレイの猛攻を耐え凌ぎ、いまだ起死回生の一撃を狙っている。
とはいえ、それも集中力が続く限り、だ。
防戦一方で焦りと集中力に一瞬の綻びが生じた。
ほんの一度だけ。
フレイの攻撃をうまく弾けず、剣を握った腕が衝撃で跳ね上がったのだ。
胴ががら空きになった。
「……しまっ……ッ!」
当然彼女も体勢を立て直そうとする。
しかし、それを見逃すフレイではなかった。
「……シャッッ!!」
フレイが発する、裂帛の気合。
ザンッと、鈍い切断音が周囲に響いた。
「あ、が……ガハ……ッ!?」
超速の回転斬りで胴を薙ぎ払われれば、ひとたまりもない。
リンドルムの上半身が下半身と分かたれ、宙を舞った。
大量の血が彼女の開いた口からあふれ、まき散らされる。
まるで引き延ばされたような時間は、わずか数秒だった。
……どさり、とリンドルムの上半身が地に落ちた。
彼女を中心に咲き乱れる、鮮血の華。
最後の最後まで一矢報いようと狙っていたのだろう。
彼女の手には『竜狩り狩り』が強く握られたままだった。
静寂が周囲を支配する。
「くっ……!」
「…………」
リンドルムの敗北を確信し、アリスが顔を背けた。
カミラは腕組みしたまま、険しい顔で目を閉じている。
「……悪く思うなよ」
己の勝利を確信したフレイがリンドルムに背を向けると、神妙な顔で『大食い』を振り、血を飛ばした。
「……まだ時間内だぞフレイ」
俺は、フレイにそう忠告する。
「……あん? どう見たってオレの勝ち――」
ぱしゅん。
何かがフレイの頬の近くを通りすぎた。
ツツ……と、彼女の頬から鮮血が一筋、垂れ落ちる。
「そこまで。時間切れだ」
俺の言葉のすぐ後に、カランと『竜狩り狩り』が地に落ちた。
「なっ……!?」
驚愕の表情でフレイが背後を振り返る。
「はは……
剣を投げたフォームのまま、ニイィと口の端を吊り上げるのは、リンドルム――
そこで力尽きたのか、淡い光の粒子と化し消滅した。
「まさか……っ!?」
フレイが側に落ちた『竜狩り狩り』に慌てて目を向ける。
「ふう……死ぬかと思っタ……ッ!」
ちょうど『竜狩り狩り』が淡く発光し、元の姿――リンドルムへと戻ってゆくところだった。
「……リンドルムッ!!」
「……ふん。どこかで幻覚魔術を使うと、私は分かっていたけどな……少々焦りはしたが」
彼女が無事な様子を見届け、アリスとカミラが安堵の息を吐いた。
「というわけだ。勝者、リンドルム!」
俺は立会人として、高らかに勝者を宣言する。
『ふふっ……ご主人、すまし顔ですけど側にいると心音凄いですよ?』
『ぷぷ……そんなクールな顔でも、やっぱ心配だったんじゃん!』
『……うっせ』
セパとレインは聖剣を通してバレているらしいが、顔に出てないから問題ない。
「……なっ……ああ~~ッッ!! クソッ、クソッ!! そうきたかッ! やられた~~~ッッ!!」
すべてを察したフレイがぐしゃぐしゃと自分の髪をかきむしる。
どうやら相当悔しかったようだ。
そのまま『大食い』を放り出し、吼え声を上げながらのたうち回っている。
「クハ……クハハッ……! 本当にギリギリだったのダ……ブラッド、アリス、カミラ殿……我はやったノダ……」
俺たちに向かってグッ! と勝利の拳を突き出すリンドルム。
極度の恐怖と緊張から解放されたせいか、涙目で引きつり笑いを浮かべながらだったが、勝利は勝利だ。
「よくやったな、リンドルム……リンドルム?」
彼女を立たせようと差し出した手を握ったが……なぜかその場から動こうとしない。
「すまヌ……腰が抜けて立てぬのダ……あとちょっとちびってしまったノダ……代わりの下穿きを所望すル、ノダ……」
「お前の着替えなんて、俺が持ってるわけがないだろ……『幻覚魔術』でどうにかしろ」
ともかく。
こうして竜と竜狩りの死闘は、
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