第50話 『閑話① 爆買いの魔女』

 とある晴れた日の朝。


「むふー……今日は爆買い日和だねぇ」


「おお、テンション高いな」


 素材屋が立ち並ぶ路地――通称『素材街』を前にして、カミラの戦意は最高潮に高まっていた。


 まるでドラゴンを前にした歴戦の戦士である。


「ふぁ……素材屋巡りとか、もうちょっと遅くからでもいいじゃないか? まだ朝飯食ってないんだぞ」


「何を言っている! そんなことではこの死地を生き延びることはできないぞ」


「いや、別に勝とうと思ってないんだが……」


 腕組みをして赤髪を風になびかせる彼女のテンションは、どこまでも高い。


 というかもはや暑苦しい。


 あと、早朝から開錠アンロックの精霊魔術を駆使して新居に侵入したうえに寝込みを襲わないで欲しい。


 さすがに目を開けたらカミラが添い寝している状況は心臓に悪すぎるぞ。


 あとなんでお前、すでに裸だったんだ。


 ニチャァ……と意味深な笑みを浮かべているし、息が荒いし。


 俺は、一体何をされた後なんだ……


 まあ、ベッドで何かされる(あるいはする)のはいつものことだが。


 それはさておき。


「フン、今さら韜晦とうかいして見せても無駄さ。だいたいなんだね、その装備は」


 そう言ってカミラが俺の腰回りを指さし、ニチャァ……といやらしい笑みを浮かべる。


「ちゃっかり拡張済みの魔導鞄マジック・バッグを装備済みじゃないか。ククク……冷静クールな顔をしていても、身体の方は正直、というわけだ」


「言い方」


 そういう彼女はローブの下に例の戦闘服を着こみ、腰には最大拡張済みの魔導鞄を装備済みという、完全無欠の爆買いスタイルである。


 しかも昨日は今日に備えて早寝をしたらしく、顔色は良く目の隈もない。


 肌の調子の方は……最近は毎日ツヤツヤなので問題なし。


 完璧中の完璧である。


 いや……コイツどんだけ今日に命を賭けてるんだ。


「今日は待ちに待った『掘り出し物市』だ。この日のために、三日も素材買い付けを我慢していたのだからね。三日三晩訪れる煩悶に苛まれる私の気持ち、君に分かるかね?」


「分からないが?」


 一つ言わせてもらうならば、その欲求不満を毎夜俺を使って解消しないで欲しい。


 まあ、俺は俺で吝かではないのだが。


 …………それはさておき。


 今日は俺も工房を開く目途が立ったこともあり、カミラの素材買い出しに付き合っている。


 強制連行されたともいう。


 彼女の話では、この『掘り出し物市』とやらはオルディスの素材屋街で定期的に行われる催し物で、あちこちに露店ができたり各店舗に他国や遠方にあるダンジョンで採ってきたレア素材が格安で売りに出されたりとお祭り騒ぎの様相を呈するらしい。


 そうとなれば、断る理由はどこにもなかった。


 実際、朝早い時間にも関わらず路地は人々でごった返しており、屋台が軒を並べていたり、怪しげな露店が適当な場所に商品を広げている。


 うむ。


 確かにこのお祭り騒ぎなワクワク感は嫌いじゃないな。


「で、今日は何か目当てのものがあるのか?」


「ふむ。君は何も分かっちゃいないな」


 カミラがチッチッ、と口元で指を振る。


 どこぞのおしゃべりクソ聖剣もかくや、というウザドヤ顔である


「『掘り出し物市』とはすなわち、素材との一期一会を楽しむ場だ。目当てのものを見つけようとするなど、無粋の極み。私も君も、心の赴くままに素材を買い求めればいいのさ。いいかいブラッド。『考えるな、感じろ』さ」


「そういうものなのか」


 正直、王都にはこんなイベントはなかったから勝手が分からない。


 もちろん王都にも似たような素材屋街があったから足しげく通った時期もあったし、ここに来る前までにも個人的に買い付け自体は行っていた。


 だが、仕事で必要な素材は調達専門の要員が買い付けていたし、レア素材は高ランク冒険者に依頼して取ってきてもらったり、商人ギルドや魔術師ギルドから仕入れたりが多かったからな。


 ……と、ぼんやり考え事をしながら路地を歩いていると、すでにカミラが先の店に入り手招きをしている。


 慌てて彼女のいる店に入った。


 店内には、確かに普段は見かけない素材が取り揃えられている。


 カミラはすでに臨戦態勢だ。


「ブラッド、何をぼーっとしているんだ! 貴重な素材は早い者勝ちだぞ……ほう、この店にはミノタウロスの干し肝まで売っているのか! いや待て……こっちのは幻獣麒麟キリンの霊角ではないか! 悪くない、悪くないぞ……! フハハハ……! 店主、ここの棚にあるもの端から端まで全部買いだ!」


「おお……! マジかよ。雷竜の逆鱗、しかも髭付き……だと!? こ、こっちにはベヒモスの爪片まであるじゃねーか! すげぇ! 俺もだ! こっちからあそこの棚まで全部買いだ!」


 気が付けば、俺もカミラと同じテンションで素材を買いあさっていた。 


「なんだあいつら……王族みてーな買い方してるぞ……」


「どんだけ金持ってきてんだ……」


 店内の客たちが俺たちの買いっぷりを見てドン引きしているが知ったことか。


 確かにカミラの言うとおり、宝の山だった。


「ま、毎度……!」


 俺たちのテンションと財力を前に、素材屋の店主が顔を引きつらせつつもホクホクの様子だった。


「むふー……いい買い物だった。さあさあブラッド、次の店に行くぞ!」


「おい待てって……抜け駆けは許さんぞ!」


 ぐいぐいと腕や身体を引っ張り合いながらも、次々に店頭の素材を見定め、心に響いたとあれば躊躇なく買い付けてゆく俺たち。


 ……と。


 次の素敵素材を求めて飢えた獣のように路地を彷徨さまよっていた、そのときだった。


「おい……あれ見ろよ」


「うげっ!? 『爆買いの魔女』じゃねーか! 最近見ないと思ったら、やっぱ出現したか……!」


「しかも今日は相棒付きじゃねーかッ!」


「やべぇ……この路地から素材が消えるぞ」


「今すぐ欲しいものは確保するんだ! 早くッ! なくなっても知らないぞッ!」


 俺たちが路地を進むにつれて、周囲のざわめきが大きくなってゆく。


 しまいには怒号や悲鳴が飛び交い、ちょっとしたパニック状態まで発展している。


 普段ならシラフに戻る状況である。


 だが……レア素材ばかりを掘り出して頭がおかしくなっていた俺たちには、なんの痛痒すら感じなかった。


「ふはは! 連中なんぞに負けるか!」


「その意気だ、ブラッド!」


 結局俺たちはそれぞれの魔導鞄が一杯になるまで……つまりほとんどの素材屋からレア素材が消えるまで、買い物を続けたのだった。




 ちなみにその夜はカミラが例のエロ戦闘服を着こんでいたせいで俺もかなりの戦闘力を発揮したため、彼女との間に激しい戦い・・が繰り広げられたのだが……それはまた別の話である。




 ◇   ◇   ◇   ◇




 次話は土曜19時半すぎに更新予定です。

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