第43話 『すべてが救われたのです』

「ブラッド、あれは……」


「ああ。今回の依頼主……の石像だな」


 敵襲に注意しながら王座まで進み、ファルの石像までたどり着く。


 まるで生きているように精巧な像だ。


 顔は怒りに歪み、誰かに食って掛かっているようにも、襲い掛かっているようにも見える。


 そんな彫像を、こんな場所に設置するだろうか?


 そんなわけがない。


「……セパ」


『はい、ご主人。いつでも力の行使は可能です』


 腰に装備した聖剣セパを抜いた瞬間、彼女が応答する。


「なるほど、石化の呪詛か。酷いことをする」


 カミラが合点がいったように石像を眺め、眉をひそめた。


「……さっさと解除するぞ」


 聖剣セパを鞘から抜くと、すぐさまファルの石像に突き刺す。


 刃は石の表面をものともせず、ずぷり、とファルの胸に沈んでゆく。


『……むむ……これは強力な呪詛ですね……ですが、私に切断できない呪詛はありません……!』


 セパの声に力がこもる。


 そして――


「う……がはっ!? ……ごほっ、ごほ……! な、ブラッド殿!? なぜ、ここに……!?」


 ファルの石像が光に包まれ、生身へと戻る。


 彼女は両膝をつくと、激しくせき込み始める。


 どうやら命に別状はないようだ。


「モタが教えてくれたんだ。彼女がオルディスまで戻って、な」


「そうか……彼女が……いや、こうしている暇はない! ベティとギースを止めなければ……ぐっ……!」


 ファルはそう言って立ち上がるが、すぐにふらつき膝をついてしまう。


「ファル、いったい何があったんだ?」


 石化の呪詛と同時に、魅了や混乱が同時にかけられていたとしてもセパで切断したはずだ。


 だが、どうも様子がおかしい。


 ファルが、ベティとギースを止める?


 それでは話が逆だ。


「……モタ、なんか話が違わないか? ファルが乱心したんじゃなかったのか?」


「私は乱心などしていないぞ? ……石にはなっていたようだが」


 ファルもきょとんとした顔をしている。


「あわわわわわ……ご、ごめんなさいごめんなさい! ……ここの前の廊下まで来たらファルさんがいきなり怒り出して、ベティさんとギースさんは落ち着いていたから……ファルさんがおかしくなったと思って……」


 あわあわとモタが説明を始める。


「……なるほど。なんとなく事情は呑み込めた。モタ殿に非はない。説明する暇がなかったとはいえ、彼女に事情を伝えるよう努力を怠った私が悪いのだ。ベティたちに奪われないように、とっさに王宮の外に放り投げてしまったしな……すまぬ、モタ殿」


 今度はファルからモタにフォローが入る。


 とりあえず、ファルがおかしくなったわけではなかったのは良かったのだが……今度はベティとギースか。


 一体何が起きたんだ?


 ファルにさらに事情を聞こうとした、その時だった。


「はあ……ファルにはしばらくのあいだ、石になって頭を冷やしてもらうつもりだったのですが……勝手に石化を解除されては困りますね」


「……!? 誰だッ!」


 突然横からかけられた声に、俺は反射的にレインを抜き構える。


 玉座から少し離れた場所に、人影があった。


 数は二つ。


 見知った姿だった。


「…………ベティ。それにギース」


「ブラッド、もしかして……あれがファル女史の仲間か」


 側に立つカミラが油断なく杖を構えながら、耳打ちしてくる。


「ああ。だが……様子が変だ」


 二人の見た目は、オルディスで見送ったときと、そう変わらない。


 ……だが。


「ぐ……なんだ、この威圧感は」


 カミラが顔を歪め、杖をきつく握りしめた。


 俺も二人から漏れだす異様な魔力を感じ取っていた。


 人間とは思えない魔力だ。


 それに二人の足元には、はっきりとした黒い影が伸びている。


 ここが屋内で、外もどんよりとした曇り空だというのに。


「……お前、誰だ」


「誰と、言われましても。私はベティですよ、ブラッド様」


 そんなはずはない。


 こんな濃密な魔力を漂わせるヤツじゃなかった。


 となれば、答えは自ずと導き出される。


「……お前ら、ノスフェラトゥの眷属になったな」


「……なんてことを」


 カミラが悲しげな表情で首をふる。


 確かにヤツの眷属になれば、超人的な力を得ることができる。


 だがそれは、生命力と魔力を代償とした一時的な力だ。


 やがてそのすべてを吸い尽くされれば、最終的には生ける屍――ゾンビになり果ててしまう。


 だが。


「ガハハ! おいおい新人詐欺野郎、冗談きついぜ。あんなザコ魔族の眷属になるわけがねえだろーが」


 今度はギースが笑い声をあげた。


 バカにしたような声色だった。


「クスクス……まったく、そのとおりです。我々・・が魔族ごときに屈するとでも? このような、死なないだけの魔族に」


 ベティは妖艶な笑みを浮かべ、指し示した。


 彼女から伸びた、黒い影の中を。


 それと同時に、ベティの影が水面のように揺らめいた。


 その中から、ゆっくりと一人の少女が浮かび上がった。


 彼女はベティの影から生まれた漆黒の物質に、まるで磔のように拘束されていた。


「ノスフェラトゥ……!」


 カミラが息をのむ。


 歳は十二、三歳くらいに見える。


 青みがかった黒髪に、死人のように青白い肌。


 そして彼女の側頭部には、上級魔族の特徴である羊のような巻角が生えている。


 ノスフェラトゥだ。


 コイツとは、以前戦ったことがある。


 たしか、十二年ほど前だろうか。


 俺たちが冒険者をやっていた頃の話だ。


 そのときとまったく変わらない姿だった。


 だが目の前の彼女はぴくりとも動かない。


 その身体に傷一つないが……薄く開いた目はうつろで、意識があるようには見えなかった。


 おいおい……マジかよ。


 コイツ、そこそこ強かったはずだぞ。


 少なくとも、ベティやギース程度が敵う相手じゃない。

 

「クスクス……この魔族、これだけ力を吸い取ってもまだ生きているのですよ? 凄いですね、『不死』の魔族というのは。ですが、所詮はそれだけの存在。もっとも、我々・・の糧としての価値は、なかなかのものです。何しろ、何をどうしても死なないのですから」


 クスクスと笑うベティ。


 それから、モタをじろりと見やった。


「ああ、そういえばブラッド様は、彼女を殺す聖剣を作ったのですね。残念ながら、もうそれは用済みです」


「……ひっ!?」


 ベティに視線を向けられたモタが、慌てて俺の背後に隠れる。


「ベティ……目を覚ませ! 貴方は騙されているだけだ。あのような魔物に付け入られるなど……リグリア王家を再興するのではなかったのか!?」


 ファルの悲痛な叫びが広間にこだまする。


 これではっきりした。


 乱心しているのは、ベティだ。


 そしておそらく……ギースも。


「クスクス……まだ、そのような世迷言を。私が本家からどのような仕打ちを受けていたのか、知らない貴方ではないでしょう」


「だが!」


 ファルが叫ぶ。


「私が、ギースがいただろう! 貴方には仲間がいる! この国を離れた場所には、ほかにも落ち延びた貴族や騎士たちが国を再興するために力を蓄えている! だから……」


 最後の方は、消え入りそうな声だった。


「もうよいのです、ファル。女神ソラリアは、何もしてくれなかった。あれは偽りの神です」


「ベティ……」


「……側室の子だった私を見下し虐げた本家も、母が亡くなり後ろ盾がなくなった私を散々弄んだ貴族どもも、偽りの神を盲信するだけの民も……それに、この国に引き入れた・・・・・魔族たちも、みんなみんな、物言わぬアンデッドになりました。もはやこの国には、虐げる者も虐げられる者もいません。差別も、格差も……」


 ベティが大きく手を広げ、天を仰ぐ。


「……なんてことを」


 カミラが顔をゆがめている。


 同感だ。


 ベティは、リグリアを滅ぼしたのだ。


 おそらく魔族と結託して、そしてその魔族すら糧として。


「そう……リグリアは……私が願い、がもたらした死によって、すべてが救われたのです」


 ――どぷっ。


 ベティの影がさらに大きくなる。


 影は彼女のローブを溶かしながら身体を這うように昇ってゆき――


 ついには、彼女の胸から上だけを残して闇に呑み込んでしまった。


「私が信じるのは……ここにあらせられる、『暗がりの御子』様のみ」


 ベティが妖艶に笑う。


 彼女がまとう影は、露出の多い派手なドレスのような形状をしていた。


 そしてドレスのいたるところから眼球が生じ、それがギョロギョロと蠢いている。


「……ブラッド、あれは」


 カミラがベティを睨みつけながら言う。


 アイツのような存在を、俺は知っている。


「アレは、『まつろわぬ神』…………邪神だ」

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