第40話 『小さな祭壇』

 目的の転移魔法陣は、すぐに見つかった。


 というか、階段を降ったすぐその地下室の床に描かれていたのだ。


「どうやらダンジョン攻略は必要ないっぽいな」


「ええー……せっかく魔物と戦えると思ってたのにー」


「ほっ……」


 レインはがっかりした声を上げ、セパは対照的に安堵の息を吐いている。


 おれはどちらかというとセパ側だ。


 ダンジョン探索は嫌いではないが、今は時間が惜しいからな。


 つーか、レインの戦意が上がりすぎてヤバい。


 もしかして先日ドラゴンゾンビと戦ったときに変な魔力でも吸ったのだろうか。


 そうでないと信じたい。


「……さすがに転移魔法陣は力を失っているようだね」


 カミラが魔法陣を見渡して言う。


 まあ、当然だろうな。


 隠された転移魔法陣が常時起動状態のままだなんて、設置した側からしたら危なっかしくて使えない。


 しかもコイツはトレスデン共和国からリグリア神聖国までの直行便だ。


 リグリアが魔族によって制圧されるまでは、両国の関係は特に険悪というわけではなかった。


 だが、それにしたって常時起動状態にしておく理由はないだろう。


 しかも王族の脱出経路だとすれば、なおさらだ。


 要するに、だ。


 転移するにはコイツを起動させなければならない。


「とりあえず、起動方法を探さなくちゃだな」


 俺はざっと魔法陣の全体を俯瞰してから縁に近づき、術式の詳細を調べるべくしゃがみこんだ。


「おい、ブラッド! 罠があるかもしれないぞ、気を付けてくれ」


 カミラが心配そうに声をかけてくる。


「大丈夫だ」


 俺は軽く手を上げてそれに応える。


 カミラが戦闘服を着こんでいるように、こっちもそれなりの防備をしている。


 俺が着込んだ軽鎧には衝撃や斬撃、それに炎や冷気による攻撃も短時間ならば耐えられるような魔術防御を施してある。


 呪詛や魔術による罠ならばセパで対処可能だ。


 魔物に襲われてもレインがいる。


 それに一応、俺も冒険者としてある程度の経験を積んでいる。


 そのうえで、判断した。


 この魔法陣には罠などない。


「…………」


 俺は魔法陣を傷つけないよう、注意深く触れてみた。


 何も起こらない。


 次は魔力を流し込んでみる。


 やはりうんともすんとも言わない。


「……魔力を通しても動かないな。何か、カギとなる仕組みとか術式があるのか? モタ、転移魔法陣を作動させるためにファルたちは何をやっていたか覚えているか?」


「ええと……たしか、ベティさんがあの祭壇に祈りを捧げていました。そうしたら、魔法陣が起動してました」


「あれか」


 モタが自信なさげに指さしたのは、部屋の奥にある小さな祭壇だ。


 この寺院に祀られていた神のものだろうか。


 カミラが注意深く祭壇に近づいた。


「ふむ。モタ君が言うとおり、ここに起動用の術式が刻まれている。……祭壇は綺麗だし、生贄の類は必要なさそうだ」


「そいつはありがたいな」


 もし獣の心臓とかを捧げなければいけない、などと言われたら面倒だった。


 見た感じ、ソラリア教のものではなさそうだった。


 そうならば、太陽と女神を象った像とか、紋章とかが飾られているはずだからな。


 どちらかというと、この祭壇は土着神とかを祀ったもののように見える。


 まあ、ここも言ってみれば古代遺跡なわけだし、そちらの方がさもありなん、ではあるが。


 もともとあった祭壇を転移魔法陣起動用の端末として使っているのだろう。


 だが、ベティの祈り、か。


 これが問題だ。


「もしかして、王族の血筋じゃないと起動しないような術式になってたりするのか?」


 それが一番ありそうな線だった。


 あとは、女神ソラリアの祝福的な力が必要、だとか。


「うん、ふぅむ……なるほどなるほど。術式自体はシンプルだな。個体識別の術式はないし、暗号化された記述もない。これならば私にも起動できそうだ」


 俺も聖剣錬成師の端くれとして魔法陣の術式記述については一家言持っているが、一流の精霊術師であるカミラはその数歩先を行っている。


「カミラ、いけそうか?」


「ああ。どうやら精霊魔術の術式が流用されているみたいでね。問題ない。どれ……ふむ、こうか」


 カミラが祭壇に手をかざす。


 すると……


「おお、魔法陣が光り出したぞ!」


「私にかかれば、ざっとこんなものさ」


 起動した魔法陣の光に照らされながら、カミラがドヤ顔を向けてくる。


 若干ウザめの態度だが、彼女がいなければ俺たちの旅はここで終了だからな。


 ここは素直に賞賛すべきだろう。


「さすがカミラだな。やっぱお前がいてよかったよ」


「ふ、ふん。もっと褒めてもいいんだぞ? 具体的には、私の頭を撫でても構わない。ほら、さあ!」


 言いながら、カミラが頭を俺にぐりぐりと擦りつけてくる。


 コイツ、何か心のタガが外れた気がするぞ……


「あーはいはい」


「~~~~っ」


 仕方ないので彼女の赤髪をワシワシしてやる。


 カミラは幸せそうな顔でなすがままだ。


 ふむ……


 まあ、こういう関係性も悪くないかもな。


「マスター、あーしも!」


「こらレイン! 二人の世界に割り込んでは……私が先です!」


「………(爆発しろ)」


 とはいえ聖剣たちの視線が痛い。


 そろそろカミラには正気に戻ってほしい、と思う俺であった。




 ……その後転移魔法陣は正常に機能し、俺たちは厳かな神殿のような建物内に転移したのだった。

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