第32話 『竜狩りデートに行こう④』

 翌朝。


「……うぐ……」


 野営地で目覚めた俺は、謎の倦怠感に襲われていた。


 あと腰がひどく痛い。


 寝ぼけた頭でも、うめき声を上げたほどだった。


 そして……徐々に覚醒していく頭とともに、昨日の出来事がありありと脳裏に蘇ってきて――すべてを思い出した。


「…………………ッ!!!」



 ああああぁぁぁやっちまったァァーーーーーーッッ!!



 俺は頭を抱えながら、ゴロゴロと悶え転がった。


 いやまあ、成り行き的に仕方なかったのは確かだ。


 カミラも毒で苦しんでいたのは間違いないし、俺も初めてでテンパってたのもあるし……


 とにかく、俺はあの状況でストップできる強靭なハートを持ち合わせていなかった。


 それに、である。


 これはただの勘ではあるが……仮にあそこで俺が頑と拒否していた場合、カミラとは一生埋めきれない深い深い溝を作っていた気がする。


 さすがにそれは、望まない未来だ。


 だから……うん。


 俺は正しいことをした。


 何も恥ずべきことはない。


 そういうことにしよう。


「おや、おはようブラッド。ずいぶん遅い目覚めだな。この寝坊助め」


 と、そこで当の本人から声がかかった。


「……お、おうカミラ」


 見れば、彼女はすでに身支度を整えていた。


 ほとんど燃えかけのたきぎの側に座り、持参した珈琲で優雅な朝食としゃれこんでいる。


 カミラは昨日のことがまるでなかったかのように、いつも通りの飄々とした態度だ。


 そして……昨日とは見違えるほど肌がツヤツヤしている。


 まああれだけ激しかったら、さぞかしご満足いただけただろう。


 何回戦だったかは、正直よく覚えていない。


 ひとつ言えるのは、俺は寝起きに関わらず死にそうなほど疲れている、ということだけだ。


「大丈夫か、ブラッド? ずいぶんとやつれているぞ」


 誰のせいだと思っているんだ、と言いかけて、はたと気づいた。


 よくよく見ると、カミラは俺と微妙に目を合わせていない。


 こっちから顔を覗き込もうとしても、サッと視線が明後日の方向を向くのだ。


 さらには無表情を装っているように見えるが、彼女の髪からのぞく耳は真っ赤である。


 …………ほーん。


 まあ、必死で(?)平静を装う彼女をおちょくるほど、俺もバカではない。


 事情も事情だったし、ここはスルーするのが優しさというものだろう。


「……ブラッド」


 相変わらず目を合わせないカミラが俺の名を口にする。


「なんだ」


「昨日のことは、その…………あれは事故だ」


「そうだな事故だな」


 異存はない。


 あれは事故。


 不幸……かどうかはともかくとして、とにかく事故だ。


 彼女はさらにそっぽを向き、続ける。


「君は毒で苦しむ私を介抱し、必要な治療・・を施した。そういうストーリーで行こう」


「…………わかった」


 そこでようやくカミラと目が合った。

 

「……っ!」


 すぐに逸らされたが。


 彼女の顔は真っ赤で、瞳には涙が溜まっていた。


 俺の顔は、彼女にはどう見えただろうか。


 あまり見たくないはないな。


 どうせ酷い顔をしていたはずだ。


「昨夜のことは、二人だけの秘密だぞ。絶対に、絶対だ」


「当たり前だろ……」


 俺もカミラから目をそらして、そう答えた。


 マリアはともかく、口が裂けてもステラに言えるような内容ではない。


 ともかく。


 これで、昨日の一切合切は、事故ということになった。


「……とりあえず、顔を洗ってくる」


「そうするといい。私は君の朝食を作っておくよ」


「助かる」

 

 怠い身体を引きずりながら、俺は沢に出て顔を洗った。


 心なしか、胸に溜まった言葉にできない感情も一緒に洗い流された気がした。




 ◇




 野営地まで戻ると、すでに朝食ができていた。


 なんと鳥の卵を焼いて、ベーコンと野菜をともにパンに挟んだものだ。


 しかもちゃんとベーコンに火を通してカリカリに仕上げてあるし、野菜もきちんと洗浄された生のものだ。


 たぶん浄化系の精霊魔術で完全に綺麗にしてあることだろう。


 ついでに言えば、はさんだパンの表を炭火であぶったのか、焦げ目すらついている。


 ちゃんとした……どころか、ご立派すぎる料理である。


 目を疑う光景だった。


「お前……料理作れたのか」


「バカにしてるのか? 君は」


 カミラが鼻白む。


 が、彼女が料理しているところを俺は見たことがない。


 当然の感想だった。


 十年前に一緒に冒険していた時も、もっぱら俺やほかの仲間が作っていたしな。


 というかそもそも。


「全部マリアが調理してると思ってた」


「たまには私だって作るさ! ほら、さっさと食べてくれ。今日の夕方までに魔術師ギルドに戻らなければ、遭難とみなされて捜索隊を寄越されるぞ」


「さすがにそれは恥ずかしいな」


 カミラに急かされ、俺はパン包みにかぶりつく。


「どうだ、うまいか?」


「……うまい」


 そう言うと、カミラはパアッと表情を明るくする。


「だろう? 君は意外と私のことを知らないみたいだな」


 ふふん、とドヤ顔をするカミラ。


 なんだろう。


 昨日のことが合ったせいかもしれないが、やたらと彼女が可愛く見える。


 たぶんよく寝て血色がいいのと、いつもこしらえていた目の隈が、今日は取れているからだろう。


 ……しかし。


 俺は存外チョロいのかもしれないな。


「そうだな。これからはもっとお前のことを知るようにするよ」


「……っ! まあ、せいぜい励むことだね」


 またカミラの顔が真っ赤になった。


 意外とコイツもチョロいのかも知れない。


 そんな和やかな会話をしつつ、俺は食事を平らげた。


 食事が終わったら撤収作業だ。


「セパ、レイン、悪いが手伝ってくれ」


 呼びかけに応じ、側に置いたままの聖剣から二人が実体化する。


『あーい……ねむ……マスター、おはよ』


『おはようございますご主人……昨夜はおたのむぐっ!?』


『ちょっ、セパ!』


 寝ぼけたセパの口を、慌ててレインの指が塞いだ。


 ……ちょっと待て。


 今、聞き捨てならないセリフが聞こえたぞ。


「おいセパ。『昨日は』なんだって? 続きを言ってみろ」


『…………いやーハハハ、ご主人。私はただ、温泉の湯加減をむぎゅっ!?』


「本当のことを言った方がお前の身のためだぞ? こんな場所で封印されたくないだろう」


『ひ、酷いですご主人!?』


「ならば白状することだな」


『そ、それは……』


『そ、それは……』


 レインとセパがそろって視線を逸らす。


「お前ら、いい加減にしないと――」


「まあ待ってくれ、ブラッド。彼女たちは悪くない。私が勝手に野営地を抜け出したのだからな」


 精霊二人をさらに問い詰めようとしたとき、カミラが慌てて割って入ってきた。


「そうは言ってもだな……」


 レインとセパには、彼女の介抱を命じていたはずだ。


 カミラが幻桃葛ゲントウカズラの毒によって正体を無くしていたのは、あくまで結果論だ。


 もしかしたらまったく別種の毒により幻覚を見ており、近くの崖から飛び降りてしまうような取り返しのつかない事態を引き起こした可能性だってあったのだから。


「大丈夫だよ、ブラッド。二人ともきちんと私を介抱してくれていた。それは確かだよ。二人はとても優秀な精霊だ」


『お義母さ……カミラ様……!』


『マ……カミラさん……!』


 セパとレインが嬉しそうにカミラを見る。


「はあ……分かったよ」


 カミラがそう言うのならば、今回は不問としよう。


 俺だって別に、二人をむやみに叱責したいわけじゃない。


 だが今……なんか二人で不穏なワードを口にしようとしなかったか?


 俺が温泉でくつろいでいた間に三人の間でどんなことを話していたのか、そのあと三人にいくら問い詰めても教えてくれなかった。

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