偽装された過去


「これで、何かが変わったのかな」


「さあ、私にはわからない。おまえのスキルは私には効果がないらしいからな。

 それにしても、すごいスキルだな。【経歴偽装】なんて聞いたこともない」


「えっ。もしかして、今の話を聞いてたのか?」


 スマホの着信音やミリアの声は、俺にしか聞こえない。

 確かそういう設定だったはずだ。


「それにしても、すごい魔法道具アイテムだな。まるでその中に、本物の人間が入っているみたいだ。後で私にも見せてくれ」


「ミリア、どういうことなんだ」


「ハイ、他の人間が私のことを認識できないのもショウヘイ様の【偽装スキル】の効果の一部です。ネタバレした相手には適用されません。

 シルフィ様はさっき、ショウヘイ様からスキルのことを告白されました。すでにスキルによる特殊効果は無効になっています」


「ふふっ、いいではないか。私たちはもう、他人ではないのだ。それに、おまえの秘密を知るのは嬉しい。

 それよりこれから、おまえのことをどう呼べばいい? 私はおまえの女になったのだから、やはり『おまえ様』だろうか」


 おまえ様……。

 なんかいい。ちょっとレトロな感じですごくいい。

 でも他の人間に説明するのが面倒だから、その件はあきらめることにした。


「とりあえず当面は、今までどおりでいこう。ただ、王宮のことにケリがついたから偽名はもういいか。これからはショウヘイって呼んでくれ」


「本名で呼んでもいいのか?」


「ああ、その方が気が楽だ。いままで隠しててゴメン。実は、俺は異世界から召喚された人間なんだ。王宮から逃げ出したせいで、ずっと追われていた。

 ステータスが高いのもそのせいだと思う。絶対に魔族じゃないから安心してくれ」


「魔族でないことくらい、わかってる。ショウヘイ……ショウヘイだな。ずっとそう呼ぶ。これからずうっとだ。本当の名前で呼び合うのは、親しい間柄の証拠だ。これでようやく、私を受け入れてくれたんだな」


「当然じゃないか」


 そう言ってから、ウソつきだった自分に改めて気づいた。

 今までずっとダマしてきた。偽名を使い、ステータスもゴマかして、なんとかうまく立ち回ってきた。そして今もまた、大勢の人間にウソをつこうとしている。


 これからはせめて、大事な人にだけは正直でいたい。シルフィとソラ、そしてこれから出会う誰か……【偽装スキル】にネタバレの制限があったことに、むしろ感謝したい気分だ。


 俺はスマホで名前のところだけ修正した。ジャックを消して、ショウヘイを上書きする。ついでに、ソラの偽名についても削除した。よし、これで決定……と。



「おーい、おぉーい」

 馬車の方から、ガストーが駆け寄ってきた。


「すごい竜巻だったな。おまえたちは大丈夫だったのか」


「ああ、他の連中も無事か?」


「こっちは馬車を二台もやられた。でもまあ、直せないほどでもない。ケガをした連中もかすり傷だ。後で、ジェイロウの旦那に高いポーションでも使わせてもらうさ」


「それはよかった」


「それにしてもよ。ショウヘイ、いつの間にお姫様と仲良くなったんだ。ずいぶんと、いい雰囲気じゃないか。ありゃあ、おまえに惚れてる女の目だぜ」

 ガストーがニヤニヤしながら俺の横っ腹をひじで突ついた。


「惚れてる? これが惚れてるってことなのか? ショウヘイ、教えてくれ。さっきから胸が熱くてたまらないんだ。

 たぶん、あの時からだと思う。全裸になったショウヘイに抱かれた時だ……」


「ちょ、ちょっと待て。ストップ、ストーップ!」


 俺はマッハの速度で携帯に入力した。『今のやり取りはナシ。さっきのところからやり直し』


「シルフィ、そのことは後で話そう。他の連中とは今までどおりに接してくれ」


「ショウヘイが望むのなら、そうしよう」


 よし、実行だ。ポチッと。


「……それにしてもよ。ショウヘイ、いつの間にお姫様と仲良くなったんだ。ずいぶんと、いい雰囲気じゃないか。ありゃあ、おまえに惚れてる女の目だぜ」


「実は、その……付き合うことにしたんだ。まだ、これからだけどな」


 俺はちょっと照れた。

 とりあえず、これくらいは言っても構わないだろう。

 生まれて初めて彼女ができたとか。そういうショボい話は封印しておく。


「付き合うことにしたって、どういうことだ? 私は他の人間とも普通に付き合っているだろう。……ショウヘイは特別だ。私を女にしてくれたんだからな。女に生まれた喜びを感じさせてくれたのは、世界でショウヘイだけだ」


「えっ、なんだ。いつの間にそこまで進んでたんだ。こりゃあ大事件だぜ」


「い、いや。やっぱり待て。ストップ、ストーップ!」


 結局、俺は三回も入力をやり直すハメになった。

 でも……まあ、いいか。


 シルフィはその間もずっと俺を見ていてくれた。

 ちょっとズレてはいたが、心はまっすぐに俺の方を向いていてくれていた。

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