第11話 わずかな希望

 リアンナの声に、野次馬たちは様々なリアクションを見せた。

 歓声と拍手を送る者。

 ざわつき、訝しげな声を漏らす者。

 怒号に似た叫び声を上げる者。


 まあそうなるよな。

 だって、どう見たって俺は戦闘の素人だ。

 そんな奴が、竜騎隊最強の騎士と引き分けだなんて、信じたくない気持ちはわかる。

 ぶっちゃけ俺も信じられない。自分のことなのに。


 この混乱、どうしよう。

 俺には止めるなんて無理だし、かといってリアンナは黙っているだけだし。

 と、その時。ルーガが1歩前に出ると、ぐるりと野次馬を見渡した。



「静まれィ!!」



 ピタッ、しーーーーーん……。

 お……おぉ。すごい、さすが竜騎隊の副長。

 今の一言で、野次馬たちは直立不動のまま沈黙した。



「隊長」

「うむ」



 ルーガに替わり、今度はリアンナが前に出た。



「諸君らは引き分けに納得していないと思う。その気持ちはわかるが、諸君らも見ていた通り、副長の攻撃はハザマのスキルを前に通用しなかった。これは紛れもない事実だ」



 肩口に俺を振り向いたリアンナ。

 ルーガも、横目で俺を見る。



「そして最後の攻防。この2人は、互いをあと一手のところまで追い詰めた。本来の決闘なら、どちらかの死をもって終わりにする。しかしハザマは、見ての通り騎士ではない。よってこれ以上の戦闘は無意味と判断した」



 リアンナのまっとうな意見に、この場にいる奴は誰も声をあげなかった。

 これは……許されたってこと、か?

 あ、いや、許されてないわ。ルーガから親の仇を見るような目で睨まれてる。



「以上、決闘は終わり。解散! 仕事に戻れ!」

「「「「「ハッ!」」」」」



 鶴の一声ならぬ、リアンナの一声。

 さっきまで色んな感情が漂っていた広場は、もう仕事に向かっていた。

 これが、竜騎隊隊長のカリスマか。すごいな。



「ハザマ、戻るぞ」

「うい」



 んあぁ〜、疲れたぁ。

 下手な体育の時間より動いた。汗かいたしシャワー浴びたい。



「待て」



 と、ルーガが俺の肩を掴んだ。

 え、何怖い。痛くないけど、めっちゃ睨まれてる。指、肩にくい込んでるし。



「貴様、名は?」

「え? ……狭間だけど」

「それは家名だろう。名の方だ」

「……鏡一。狭間鏡一」

「キョーイチ……覚えておく」



 あ。……行っちまった。

 なんだったんだ、あいつ。

 ルーガの謎行動に首を傾げていると、振り返って俺を指さしてきた。



「キョーイチ、名前は覚えてやる! ただし! 貴様なんて認めてないんだからな! よく覚えておけ!」



 ……わからん。何なの、あいつ。

 今度は振り返ることなく、自分の仕事に戻るルーガ。

 ちょっとよくわからない。何、あれ?

 と、リアンナが俺の隣に立って、肘で脇を突いてきた。



「はは。気に入られたな、ハザマ」

「どこが。最後の最後まで喧嘩腰だったぞ」

「そういう奴なのだ」



 男のツンデレってこと?

 どこ需要、それ?



   ◆◆◆



 隊長室に戻ると、リアンナは兜を脱いでそっと息を吐いた。

 やっぱ息苦しそうだな、それ。



「ハザマ、ご苦労だった。まさか副長と引き分けるとは思わなかったぞ」

「正直、俺も。最初の一撃貰った時点で漏らしそうだった」

「副長相手に、漏らさず立ち向かったのだ。大したもんだよ、お前は」



 お……おぉ……? こんなに手放しで賞賛されたの、初めて。

 なんかむず痒い。



「しかしなんだ、あの無鉄砲な戦い方は。いくらダメージを受けないとは言え、真正面から突っ込む馬鹿がいるか。相手との力量をもっと正確に把握するために、立ち回り方を考えて行動しろ。特に決闘は死に直結するから、今後はあんなことをしないこと。あと──」



 くどくどくどくど。今度はお説教が始まっちゃった。

 リアンナのありがたいお話お説教を右から左へ受け流す。

 と、その時。背後の扉がノックされた。



「む? 入れ」

「失礼します」



 入ってきたのは、昨日眼鏡を探すよう命令された女騎士だった。

 確か名前は、メリスさん……だったかな。

 メリスさんは俺を一瞥すると、リアンナ(兜着用済み)の前に立つ。



「隊長、めがねというものについて、報告が」



 えっ、眼鏡……!?



「もうわかったのか? 早いな」

「隊長のご命令ですから。しかし残念ながら、商人や情報屋に聞いても、このような道具は見たことがないの一点張りでして」



 なんですと!?

 そ、そんな、馬鹿な……!

 ほ、本当にないのか……? 眼鏡、本当にないの……!?



「そうか……ご苦労、メリス。仕事に戻れ」

「ハッ、失礼します」



 メリスさんが部屋を出ていくと、気まずい空気が流れた。

 リアンナも、俺にどう声を掛けていいか迷っている感じだ。



「その、なんだ……た、たまたま王都にないだけで、他の街や国にはあるかもしれんぞ。何、根気よく探せばいいだけだ」

「……誰が探してくれるん?」

「え。そ、それは……」



 竜騎隊は仕事で忙しいだろう。

 けど、俺には竜騎隊以外の伝手はない。

 つまり……詰んだ。この世の終わりだ。ずーん。

 はぁ〜。これからどうやって生きていこう……ずっとリアンナのスネをかじる訳にはいかないし。


 部屋の隅に渦巻いている虚無を見つめる。

 すると、リアンナが「あ」と声を上げた。



「ハザマ、なんとかなるかもしれんぞ」

「え、眼鏡?」

「違う。が、もしかしたらそれに似た効果を期待できる。少々荒業だが、可能性はゼロではない」



 なんと、そんなことが!?

 さすが異世界、眼鏡がなくてもなんとかなるなんて……!



「そ、それっていったい……!?」

「うむ。人竜同調シンクロというものだ」



 ……シンクロ?

 なんか、またよくわからないものが出てきたな。



人竜同調シンクロとは、人と竜の感覚を一体化させ、竜の力をその身に宿すものだ。竜騎隊であれば、誰でも使える基本技能だな」

「……つまり?」

「ハザマも竜と人竜同調シンクロすれば、竜の持つ視力を得られる」



 お……おおっ、まさかそんなことができるなんて……!

 確かにこれは、地球ではありえないものだ。

 それが使えれば、このぼんやり視界ともおさらばか……!



「しかし問題が2つある」

「え。……何?」

「1つ目。人竜同調シンクロは、竜と触れ合っていないと使えない。つまり日常生活では、目が悪いままだ」



 致命的すぎない??

 日常生活で不自由な視界をどうにかしたいのに、それができないって……。



「そして2つ目。どちらかと言えば、こっちの方が大変だ」

「な、なんだよ」

「……竜は誇り高い種族だ。竜が認めた者でないと、人竜同調シンクロどころか乗ることさえ不可能」

「……えーっと……まさか、それって……」



 悪い予感がして、唾を飲み込む。

 リアンナは息を吐き、気まずそうに目を逸らした。



「……ハザマ自身が竜と戦い、勝ち、認めさせなければならない、ということだ」



 …………。

 オワタ。

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