第61話 父と息子の決着-side灯屋-6

 


 正義の消滅とほぼ同時に、会長専属の幽特関係者が到着したようだ。

 俺はすぐに救護班を呼び、仮死状態のようになっている登坂の治療をお願いした。


 これから今回の拉致への調査とか報告が始まるのかと思うと少しだけ気が滅入る。悪鬼だったヤマの事はどう報告すれば良いんだ。

 一気に色々な事が起こり過ぎた。


 幽雅さんとゆっくり時間を過ごすのはしばらく難しいかもしれない。

 俺が腹を括って仕事モードになろうとすると、人型になったヤマが俺の肩を叩いた。



「大丈夫、俺は正茂と深い仲だから悪いようにはならないから」

「え、マジで?」

「マジマジ。俺が直接全部話しておいてやるよ」



 そう言って幽雅さんを俺の隣に引っ張って来た。



「さ、二人は帰った帰った!」

「えぇ……」



 俺はどうして良いかわからず幽雅さんを見た。

 苦笑しながら肩を竦めた幽雅さんは、表情を引き締めて上司の顔で言った。



「この場はヤマ君に任せる。灯屋君は怪我の治療を優先だ。病院に世話になるほどではないから、私が対応する」

「はい」



 そのまま幽雅さんが歩き出したので俺は背中を追いかけた。

 無言のまま階段をおり、ビルの外に出ると仕事でお世話になっているいつもの運転手と車が待っていた。



「屋敷へ向かってくれ」



 俺達が後部座席に乗り込むと、幽雅さんが行き先を告げて車は静かに走り出す。



「屋敷?」

「私の呪いが発現してから暮らしていた屋敷だ。そこが一番安全だからな。登坂の組織の繋がりやら情報がハッキリするまでは君も軟禁だ」

「も……ということは、幽雅さんも?」

「もちろん。とりあえず灯屋君も明日明後日は休みにしておこう」



 社用端末をいじって幽雅さんが俺の休みを申請した。

 それは別に構わないのだが、もしかしてこれって幽雅さんと一つ屋根の下でお泊りということか!?

 いやいや、単に俺の療養のためだろう。お屋敷なんだし広いだろうから、同じ屋根の下といっても距離が離れていて虚しくなりそう。

 下心は出すべきではない。


 運転手がいる中で告白の返事をするのもなんなので、俺は移動中口を開かなかった。幽雅さんも特にそれ以上は喋らず、到着するまでの車内に沈黙だけが流れていた。

 それでも常に幸せを感じられたのは、互いの手が自然と触れ合っていたからだろう。



 ◆◆◆



「うわ~……広い……」



 街灯の無い夜の暗闇でも広く感じる、大きな森に囲まれた敷地に降り立った。

 俺が好奇心を抑えられずキョロキョロとしているのに反し、この場所に慣れている幽雅さんはズンズンと先に進んでいく。

 門をくぐると手入れが行き届いた庭園があり、お手伝いさんが数人駆け寄ってきた。



「お帰りなさいませ、正継様。それに善助様」



 俺の名前まで呼ばれるとは思わず、緊張で挙動不審になってしまう。



「あ、え、はい、夜分遅くにすみません……」

「緊張なさらないでくださいな。お風呂と怪我の治療をわたくし共にお任せくださいますか?」

「は、はい……お世話になります」



 和室の作法とか俺は何もわからない。それならば全て任せた方が良いだろう。

 幽雅さんも別のお手伝いさんと共に歩き出す。



「灯屋君、また後でな」

「はい」



 それから俺は殿様にでもなったかのような扱いを受けた。

 旅館のように広い風呂では男のお手伝いさんに背中を流され、全身マッサージを施される。

 それから怪我の治療と患部の保護をしてくれた。

 浴衣と羽織を着せられ、長い長い廊下を案内されて一つの部屋にたどり着く。



「失礼致します」



 お手伝いさんが膝をつき数度に分けて襖を開けると、木製の艶やかなちゃぶ台が見える。

 そこでは髪をおろした浴衣姿の幽雅さんが正座してお茶を飲んでいた。

 間接照明でほんのりと照らされた幽雅さんがあまりにも色っぽくて、思わず生唾を飲んでしまう。

 お手伝いさんに促されるまま俺は室内に入った。



「ありがとう、もう下がって良い。呼ぶまで誰も近寄らぬよう伝えてくれ」



 そう幽雅さんが声を掛けると、お手伝いさんは音も無くこの場を離れた。

 俺がどうしたら良いのかわからず立ち竦んでいると、幽雅さんが小さく笑った。



「ふふ、楽にしていいぞ。作法を気にして休まらないなんて本末転倒だ。足も崩していいからな。難しいかもしれないが自宅のように寛いで欲しい」

「はい……」



 そう言ってもらえたので、俺はありがたく胡坐をかいた。

 冷たいお茶を差し出され、自分の喉の渇きを自覚して一気に飲み干す。

 目線だけで幽雅さんを見ると、公園で初めて会った時とほとんど変わらない恰好だ。

 綺麗な黒髪がおろされていても、今の幽雅さんに女性らしさは全く感じない。それでもあの時と同様……いや、それ以上にドキドキしている。



「幽雅さん」

「ん?」

「……俺と、恋人になってくれるんですか」



 恋愛対象としてちゃんと好きだと言ってくれたのだ。

 やっと仮が取れるはず。

 そう期待したが、幽雅さんは首を横に振った。



「恋人という関係は終わった。法的にはまだだが、もう私達は伴侶だ。正しくは婚約者となるのかな」

「……へ?」

「お爺様に認めてもらったし、法改正に動いてくれると言質も取った。ああ、まだ君の家族に報告をしていないから早めに連絡しなければ」

「え、ええ!?」



 確かに俺からずっと結婚したいとは言っていたが、急展開に頭がついていかない。

 昼から夜にかけて幽雅さんに何が起きたんだ。

 俺はまずその説明を求める事になった。


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