第45話 親友と仮恋人-side幽雅-1

 


 灯屋君に盛大に切れ散らかした私は、勢いで退勤して送迎の車に乗り込んだ。

 後部座席で静かに揺られながら思考を巡らせる。


 二日も休みを取ってしまった。

 ふん。いなくなる事で灯屋君も少しは私のありがたみを実感すれば良いのだ。

 ……だが、実際私なんていなくても問題ないんじゃないだろうか。

 だって私自身が、急に上がいなくなっても問題ないように業務改革したのだから!!


 やっぱり休みは取り消すべきか……。急に現場の依頼が入るかもしれないし……。

 そんな事を考えていたら一生休めないのに、モヤモヤと考えてしまう。

 コツコツと溜めたデータにより、最近は悪鬼の出現傾向もわかるようになってきた。

 灯屋君も私が探知する前からある程度経験則で悪鬼の種類を当てられるようになっている。

 この先もっと幽特の研究が進めば、私の能力が無くてもいずれは悪鬼を正確に把握できるようになるだろう。

 私の立場は実はじわじわと弱くなってきているのではないだろうか。


 いやいや、灯屋君は私の事が好きなのだ。会えなくて寂しい思いをしたらいいんだ。

 ……しかし私の方こそ寂しいのが大きな欠点と言える。



「はぁ……なんとも大人げない」



 運転手が反応を寄越す事は無いが、つい言葉に出していた。

 わかってはいるのだ。灯屋君が私を不要だと思って言った訳ではないと。

 それでもやっぱり腹が立つのだから仕方ない。

 私だって灯屋君に頼りにされたい!!


 私は特殊な呪いによって知らない者達から引っ張りだこ。

 更に悪鬼探知という便利機能まである。

 その上、家柄も外見も抜群ときた。


 それなのに灯屋君はどの能力も無くなって良いと言い、幽の文字が怖いなら幽雅の名前を捨てて灯屋になれと言ってくる。

 灯屋君は幽雅ブランドを何だと思っているんだ。

 ちょっと声をかければ法すらも動かせるほどの権力があるのにそれをあっさりと。

 彼は私の価値を全否定してくる。



「……ん?」



 そこまで考えてハッとした。

 つまり、灯屋君はそれらに見向きもせずに私自身を好いている……?

 私は己の有用性ばかりを気にしていたが、それは私の知る世界の価値観でしかない。恋愛感情とは違う、利害が全ての世界の話だ。

 だが、私が今必死に勉強しようとしている恋愛は、そうではないと気が付いた。



 単純に、本当に純粋に灯屋君は“私”を見てくれているだけなのではないか。

 私に付いているオプションを気にしているのは私だけで、灯屋君は真摯に正継という個人を尊重していただけなのでは──。



 私は急に恥ずかしさでいっぱいになり頭を抱えた。

 そうだとすれば、私はくだらないプライドでブチギレた面倒くさい男だ。

 やっぱり休みを取って良かった。反省の時間が欲しい。

 ああもう、この件は考えるのをやめよう。



 そうだ、もっと気にするべき所があるだろう!

 なんだ灯屋君の能力は!!

 敵を消滅させる攻撃特化じゃなかったのか。

 いつの間に人の力まで消せる超万能な能力になっていたんだ。


 ──いや、能力自体は最初から何も変わっていない。

 ずっと『消滅』で、対象を消すだけの能力だ。


 私達幽雅一族が“何でも消せる”を『無差別に大きな範囲を消せてしまう』と恐れていたから、灯屋君は周りの望むように、空気を読んで制限を課していただけなのだ。

 霊力があるものだけ。インクのある範囲だけ……。

 自由に能力を伸ばす事をさせるだけの勇気が私達に無かったから、幽特に必要な攻撃だけを彼が担ってくれていたに過ぎない。

 本当はもっともっと彼は優秀なんだ。


 それでも灯屋君は自らその殻を破ってみせた。

 自ら、というのは少し語弊があるかもしれない。

 彼が友人と会うと言ってからだ。

 これまでもずっと灯屋君の変化には常にそのがいた。



 灯屋君の友人を信じ、私は干渉して来なかった。

 しかしそれは本当に正しかったのだろうか。

 十中八九、友人は悪鬼だ。



 これまでは灯屋君の力は良い事にしか使われていない。

 だが、友人が灯屋君の能力を自由自在に操っていたとしたら?

 今は大丈夫だとしても、これからもそうだと言えるのだろうか。

 灯屋君が知らず知らず、悪鬼に支配されていたとしたら──。



 私は自らの考えに体の奥底が冷えるのを感じた。


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