第26話 相棒の資格-side幽雅-1

 


 夏は亡霊も悪鬼も活発になる時期だ。

 お盆もあるし、若者の肝試しも増えるからな。

 そのため、私と灯屋君の出動がとても増える。


 今日も潰れたボウリング場へ悪鬼退治に来た。

 既に複数の大学生グループに行方不明者と死亡者が出ている大変危険な場所だ。



「うひぃッ……」



 受付を通ったあたりで私は腰を抜かして座り込んだ。

 レーンにボウリングのピンのように人間の手足がゴロゴロと落ちていたのだから当然だろう。

 オバケとか関係なく普通にグロ耐性が無いのだから仕方ない。

 ちなみにお化け屋敷のビックリするギミックでも腰が抜ける。

 悪臭を感じなかったのは、これらが悪鬼のテリトリー内にあったからだ。



「幽雅さんはそのまま座っててください!!」



 私の前に出た灯屋君が叫んだ。

 グロ耐性もバッチリある灯屋君は顔色一つ変えない。さすがソロで今まで生き残っていただけある。



「っはは! こいつはグルメだなぁ、胴体だけを食う悪鬼かよ」



 戦闘態勢に入ると性格が変わる灯屋君は、ボウリングの球を置くラックに大学生と思しき頭がいくつも並べられているのを見て笑った。

 私はもう声すら出ない。気を失わなかったのを褒めて欲しいくらいだ。



「幽雅さん、雑魚は?」

「下鬼も中鬼もいない!」

「ったく、共食いだけしてりゃ良かったのによぉ……」



 普段にこやかで丁寧な灯屋君が、今は苛立たし気に舌打ちして髪をガシガシと乱暴に乱した。

 ワックスで後ろに流している前髪が落ちてきてワイルドだ。

 すぐにまた前髪をかき上げたが、ハラリといくつか髪が落ちてきてラフになる瞬間。

 私はそれを見るのが好きだった。


 絶対本人には言えないが、彼が父親の暴力的な要素をしっかり持っているのがわかる。

 だがそれは灯屋君自身が一番知っているからこそ苦しみ、悩んでいるのだ。


 その葛藤が滲み出ている姿がたまらなく愛おしいと思う。

 人間の性質なんて変わる事は無い。

 それでも抗う灯屋君の姿は子供の時から変わらず格好良いのだ。



「おっ。上鬼の気配は俺も発見。三階の駐車場に親玉がいそうだな」

「……うむ、デカそうなのがほぼ真上にいるようだ」



 私が立てるようになるのを待つのか、それとも抱えて運ばれるのか。

 お荷物ですまないと心の中で謝っていたが、灯屋君は詳細な位置を聞いてニヤリと歯を見せて笑う。



「へぇ、ラッキー」



 そう言った灯屋君は銃ではなく手の平を上に向けた。



「消えろ」



 瞬間、私達の真上の天井に相撲の土俵ほどの大きさの穴が空いた。



「もう一丁!」



 更に上の天井が消えたと思ったら、ドスンと大きな音がして悪鬼が落ちてきたようだった。

 灯屋君は気配の方へスタスタと歩いていき、悪鬼の中央部分に手を触れたようだ。



「お前も食ったやつと同じ姿で消えやがれ」



 そう言った瞬間。

 悪鬼の気配が消え、バラバラと何かが床に落ちたのを感じた。

 灯屋君が悪鬼の手足と頭を残して胴体だけを消滅させたんだとわかった。

 残ったパーツもじわじわと消えていくのを感じ、何も無くなった所で悪鬼のテリトリーも解除された。

 それと同時に、とてつもない悪臭が充満した。

 本来の時間を得た死体が一気に腐敗したのだ。


 灯屋君は気にすることなくレーンに転がっている人間の手足を数え、報告にあった行方不明者と同じ数であると確認した。

 私がボーッとしている間に灯屋君は幽特への報告も済ませてしまったらしい。

 彼は私の正面に立って手を差し伸べていた。



「立てますか?」

「肩を借りれば……多分」

「はいはい。幽雅さん、いつになったらオバケにも死体にも慣れるんですか」



 私が歩けなくなるのはよくある事なので灯屋君も慣れている。

 サッと肩を組んで出口に向かってくれた。

 ヨロヨロと歩きながら私は謝罪する。



「本当に毎度毎度申し訳ないと思っている」

「いや別に。こうやって幽雅さんに沢山触れられますし役得なんで」



 サラッとそんな事を言われてしまい、私は叫んだ。



「そっ、その発言はセクハラではないかね!?」

「じゃあここで止まります? 死体が転がっている腐敗臭の中でキスしたいなら別に俺は構いませんけど」

「私が悪かった! 出よう!!」



 セクハラと言ったが、灯屋君が不必要に私に触れた事は無い。

 口では結婚したいと強気に迫るが、実際の行動はとても紳士だ。


 そういえば灯屋君の誕生日祝いからは結婚しようと言われなくなった。

 そりゃ私が毎回断っていて、今も恋愛対象かどうかの再考中なのだからこれ以上灯屋君ではどうしようもないだろう。完全に待つしかない。

 自分勝手ながらあのアプローチが無いのを少し寂しいと思ってしまうのだから困ったものだ。


 灯屋君にも以前指摘されたが、彼と深い口付けをするのは嫌ではない。

 それどころか毎回気持ち良くてやめ時がわからなくなる。

 どちらかが完全に勃起する前に慌てて唇を離すというのが常だった。

 だが、それを恋愛感情と繋げて良いのかも疑問だ。


 恋愛とは盲目になり、冷静さを欠くような状態だと認識している。

 しかし私は長年彼を見守り続け、常に冷静に現状を把握していると思う。


 灯屋君の事は昔から変わらず好きで、そこに変化が無いのだ。灯屋君が大きく態度を変化させたように、私も大きく変わったら初めて恋愛だと言えるのではないだろうか。


 我を忘れるような激情を知るまで、私はどうとも返事ができないのだ──。


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