第25話 恋の自覚-Side灯屋-11

 


 俺は眉を顰めて思い当たるものを言葉にしてみた。



「呪いの件ですか?」

「ああ。私にとって大切な相手だと判断されれば君が狙われてしまうだろう」

「お見合い相手でもそれは同じでしょう」

「利益がある同士の政略結婚ならばその危険も込みの契約だ。何か起きても誰も文句は無いさ。しかし、君にはそんな世界とは無縁の大切な家族がいる。一時の感情で家族を理不尽な暴力や支配に晒す気か?」



 鋭く告げられた言葉に、俺はすぐに反応できなかった。

 幽雅さんの言葉はいつも正しいが、それでもやっぱり腹が立つのだ。

 勝手に俺の幸せを決めつけないで欲しい。

 俺は一つ深呼吸してから気を落ち着けた。



「……幽雅さんの言いたいことはわかりました。では、幽雅さんの気持ちはどうなんですか?」

「気持ち?」

「もしもそういった懸念が無かった場合、俺の告白を受け入れてくれるのかって事です」

「……そっ……それは……」



 言葉に詰まる幽雅さんを見据えると、拗ねたように口を尖らせた。



「……再考中だ」

「了解です。じっくり考えてください」



 この話題はこれで終わりにした。

 幽雅さんが俺の事を真剣に考えてくれているというのは事実なのだ。

 焦る必要は無い。

 それなら俺は、可能な範囲で幽雅さんの懸念を取り払うために行動しようと思った。



「ほら灯屋君、デザートが来たぞ!」



 幽雅さんの弾んだ声で俺はテーブルに視線を向ける。

 新しく運ばれてきた皿には小さく切り分けられた三種類のチーズケーキが並んでいた。

 ベイクドとレアとスフレだと思う。


 そういえば俺の能力が発現した日、誕生日に頼んだケーキがチーズケーキだった。

 あの時に食べられず、以来何となくチーズケーキに手を伸ばす事はなかった。

 母も妹も、あの日の仕切り直しをしてくれているのかもしれない。

 そう思った時に、ようやく今日が俺の誕生日なんだと気が付いた。



「あっ、今日って」

「ふふふ、やはり忘れていたか。二十六歳の誕生日おめでとう」



 誕生日に良い記憶が無いから無意識に避けていたのかもしれない。

 毎年母と妹から届くバースデーカードを帰宅時に見て気付く生活だった。

 今回はその無頓着さを上手く利用されたようだ。

 自分でも驚くほど動揺してしまった。



「え、あ……ありがとう、ございます」

「どういたしまして。幽特のボスの収入を考えたら、高価なプレゼントなど自分で買えてしまうからな」



 ニッと歯を見せて勝ち誇ったように笑う幽雅さん。

 家族より誰よりも俺を知っている人だからこんな事ができてしまう。

 幽雅さんの言う通り、希少な能力で危険な仕事をしているから収入はとても多い。

 母も妹も余裕で養えているし、妹は好きな大学にも出してやれた。


 その時点で俺はやり切った感というか、もういつ死んでも大丈夫だという気の緩みがあった。

 誰もが危ういと感じる状況に、幽雅さんが俺の上司になってくれた。

 あっさりと幽雅さんは俺の生きる目的になった。

 今もこうして家族の繋がりを紡ぎ直してくれようとしている。



「はは……ほんと、幽雅さんって訳わかんないですよ……」



 一人の力で生きていたつもりが、俺が気付いていなかっただけでずっとずっとこの人に守られていた。

 急激にその実感が湧き、俺は涙が溢れて止まらない。



「ん、これも美味しいぞ」



 幽雅さんはあえて俺を見ずにケーキを口に運んでいた。

 泣く事は何も特別な事ではないと言われているような気がして、遠慮なく俺はハンカチを涙で濡らしていた。

 そういえば、泣いたのもいつ振りだろう。

 能力が発現した時から、心配をかけまいとなるべく家族の前では笑っていた気がする。


 幼い俺は頑張っていた。

 でも、今はもう頑張らなくても良いと思える。

 幽雅さんが守ってくれるんだから。


 少し落ち着いてから俺もケーキを食べてみた。

 しかし、泣いた後だと鼻が詰まって少し味がわかりにくくて笑ってしまう。



「ふはっ、ちょっと今食べるのは勿体無いかも……」

「大丈夫だ。ちゃんと持ち帰る分もある」

「至れり尽くせりだなぁ」



 幽雅さんが好きだ。

 次から次へと幽雅さんが俺に愛情を注ぐのだから、その想いはどんどん膨れ上がっていく。

 幽雅さんは俺に何の見返りも求めない。

 親でもないのに無償の愛を与えてくれる。

 それなのに俺は自分の事ばかりだ。


 付き合いたい、結婚したいという願望を押し付けるだけで、幽雅さんに何も与えられない。

 それが急に怖くなった。

 仕事を頑張れば認められると思っていたけど、それは甘かったと痛感した。



「俺は幽雅さんに何ができるんだろ……」

「ん? 何か言ったか」



 思わず声に出ていたらしく、幽雅さんが反応した。



「いえ、お腹いっぱいになったなって」

「そうだな! 大満足だ!」



 満面の笑みの幽雅さんを見ると、俺もつられて微笑んだ。

 底抜けに明るい幽雅さんにも、暗い過去があり、それは今も幽雅さんを蝕んでいる。


 俺が沢山救われたように、幽雅さんを救いたい。


 そのためにやれそうな事は“呪い自体をどうにかする”か“幽雅さんを狙う組織全てを消す”といった所だろうか。

 さすがに各国を股にかけた大量殺人鬼になるのは駄目だろうな。

 俺の能力なら死体を残さず簡単に消滅させる事ができてしまう。

 だからこそ俺の犯行だとすぐにバレそうだし、幽特案件が絡まなければただの犯罪者だ。

 それに海外を飛び回っていては幽雅さんと一緒にはいられない。

 これは最終手段だろう。


 そうなると呪いそのものをどうにかするしかない。

 悪鬼でも何でも消滅させる事ができるのであれば、呪いも消せないだろうか。

 そうだ、考えろ。

 行動しろ。

 まだまだ自分の能力を知る必要がある。


 俺はこの時、幽雅さんの自由のためにできる事は何でもやろうと決意したのだった。

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