第24話 恋の自覚-Side灯屋-10
俺達がいるのは高級そうなホテルだ。
場所的にフルコースを想像していたが、運ばれてきたものはそうではなかった。
皿や盛り付け方は洗練されている。
しかし、どこからどう見ても家庭料理で俺は何度も目を瞬かせた。
ミニカレー、ミニオムライス、煮物、ほうれん草のお浸し、豚汁、ポテトサラダ、から揚げ、ハンバーグなどなど。
大衆向けバイキング店かと思わせる素朴なメニューがスタイリッシュな小皿にズラリと並んでいる。
とても見慣れた、家庭でも定番の料理ばかりなのだ。
見慣れているというか、これは俺の母親の料理ではないか?
「え……? もしかして母さんがいるんですか」
「おお、流石だな、御母堂の手料理であると一目で見抜くとは! だがこの場にはいない。作り置きが可能な物から順に作ってもらい、ここまで運んできたのだ。一流シェフが丁寧に温め直して盛り付けてくれたぞ」
なんという一流シェフの無駄遣いだろう。
変な仕事をさせてしまい大変申し訳ない。
しかしプロの仕事は素晴らしいの一言に尽きる。
主婦の料理が見事に高級レストラン風になっているのだから。
「って、いやいや! 俺の知らない間になに母さんと親しくなってるんですか!?」
「あ、オムライスとポテトサラダとハンバーグは
「妹まで!!!」
もしかして三か月の準備って、セキュリティ面というより母と妹への接触に一番時間を食っていたのではないだろうか。
「……本当に何をしてるんですか」
「ほらほら、冷める前に食べるぞ。私も楽しみだったんだ」
幽雅さんのワクワクとした様子が伝わってきたので、とりあえず今は食事に集中すると決めた。
慣れ親しんだ味、と言いたい所だが記憶よりも格段に美味しくなっている。
出汁やベースとなる部分の味がしっかりしていて、全体的にはあっさりとしているのに満足感があり、気が付くと食べ終えてしまっている。
妹の料理は初めて食べたが、母さんの料理に引けを取らない美味しさだ。
スパイスがふんだんに使われていて風味が楽しくて、食べ応えがあるし飽きがこない。
人参が星型になっていたりハンバーグがハート型だったりケチャップで猫が描かれていたり、見た目も華やかで癒される。
俺は高校生くらいから幽特の手伝いをして収入を得ていたので、その時期にはもう一人暮らしを始めていた。
俺の能力や仕事面の危険性を考えたら大切なものは側に置きたくなかったのだ。
二人と定期的に交流はしていたが、何となく俺に距離があった。
仕事が忙しいと言えばすぐに二人は引いてくれ、食事をする機会は減っていった。
そういえばここ数年は外で会ってばかりで手料理を食べていなかった事を思い出す。
幽雅さんは流石お坊ちゃんというか、家庭料理が最高級の料理に見えるくらい上品に丁寧に口に運んでいる。
この人は見た目だけでなく所作も美しいんだよな。
しかしその表情には子供のように満面の笑みがこぼれていて、母と妹の料理を美味しく感じているのだと伝わってくる。
なんだか俺も我が事のように嬉しくなってしまう。
俺の熱い視線に気付いた幽雅さんは箸を置いてこちらを見た。
「とても美味だな。御母堂は灯屋君に驚いてもらいたいからと、数年前から小料理屋で働き始めたそうだ。妹君は彼氏が料理上手で教えてもらっていると言っていたな」
「俺より家庭内情報に詳しい……」
俺も妹に彼氏がいる事くらいは知っているし、母が飲食店で働いているのは知っていた。
しかし幽雅さんの情報は俺より更に一つ二つ深みがあって驚いてしまう。
俺の呟きに対して幽雅さんは顎を上げて不遜に言った。
「君が知ろうとしなかっただけだろう。反省したまえ」
「はい……」
正論なのだが、ストーカーレベルの情報収集をしている人に言われるのは釈然としない。
そもそも俺の家族との距離感がおかしいだろう。
俺は意趣返しとばかりに幽雅さんが嫌がりそうな事を口にした。
「俺が紹介する前に家族と仲良くしてくれるなんて、幽雅さんがそんなに俺との結婚に前向きだとは思いませんでしたよ」
「はぁ!? そんなワケなかろう!!」
ギョッとする幽雅さんの顔が見られただけで胸がスッキリした。
慌てる幽雅さんは少し顔を赤くして叫んだ。
「わ、わ、私はただ灯屋君に喜んでもらいたくてだな!!」
「そっ、それはスゲー嬉しかったですよ!?」
純粋な厚意を返されるとそれはそれで困ってしまう。
本当に嬉しかったし、感謝もしている。
だが、そこまで俺のために手間暇を掛けてくれる幽雅さんの感情が本当に謎だ。
幽雅さんのライクとラブの基準がよくわからない。
俺を喜ばせたいって言うなら結婚しても良いじゃないか。
絶対に喜ぶのに。
「俺のために、家族のために、ここまでしてくださって本当にありがとうございます。次は幽雅さんが俺の家族になる感じですかね」
「ならん感じだ」
「そうですか。気が変わったら言ってください」
「き、君も本当にめげないな」
「めげるどころかむしろ凄く好かれているという自信しかありませんよ」
ぶっちゃければ、もうちょっと押せばいけそうとしか思えない。
しかし、幽雅さんは寂し気に視線を下げた。
「好きだからこそ君と添い遂げるのは無理だな。私は君に自由であって欲しいし、幸せであって欲しい」
それはまるで幽雅さんと添い遂げる事は不幸だと言っているようだった。
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