第99話
短い曲が終わると、保は小さく呟いた。
「トロイメライ」
「え?」
問い返した英理に微笑を返し、保ははにかんだように言った。
「いきなり悪かったな」
「別にいいけど、誰なんだ?あのピアノ」
更衣室の対面にある特別棟、その三階にある音楽室の窓が開いて、黒いカーテンが風に舞っている。
保はしばらく黙ってそちらを見上げると、
「静かに耳をすませていないと、天使が逃げていっちゃうんだってさ」
誰ともなしに言った表情は、今までに見たことのないようなものだった。
慈愛とも包容力ともつかぬ、もっと大きな何かを感じさせるような。
英理がなおも問いかけようとすると、それを察したかのように保は軽く肩を叩いて促した。
「それにしても、暑いな。チョコアイスでも食いに行こうぜ」
「チョコ限定かよ」
「余裕」
からっと保は笑う。
「チョコチップかブラックチョコか、チョコミントか選ばせてやる」
燃えるような日盛りの、何もかもが輪郭を鮮明に浮き上がらせた真夏の日の午後だった。
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