第81話

スマホが震え出し、英理は惰性で通話ボタンを押した。


「もしもし」


『英理か?』


兄の声を聞いた途端、思い出したように涙が溢れた。


嗚咽を噛み殺している英理に、有理は、


『もしもし?どうした』


「悪い、ちょっと声が遠いみたいで」


咳払いを繰り返し、喉にへばりついた声でようやく英理は応えた。


「さっき無事終わったよ。親父の葬式」


『そうか。……すまん、全部お前に押しつけて』


有理の声は落ちついていたが、深い苦渋が滲んでいた。


「仕方ないよ、いきなりだったんだから。この前長い休み取ったばかりなのに、またすぐ帰るわけにはいかないもんな」


そのことについては、有理は何もコメントしなかった。


『初七日には都合つけて戻るようにする。それまで、何とか一人で乗り切ってくれ』


「了解」


歯切れよく答えたつもりだったが、有理は少し間を置いた後、慎重な口調で尋ねた。


『英理。お前、大丈夫か』


英理は笑って、


「そっちこそ、めっちゃ声沈んでるよ」


『そりゃ、まあな。こんなことがあって平気でいられるほど、俺の神経は太くない』


「珍しい。兄貴が弱音吐くなんて」


目を丸くして英理は言う。


父親の死に際して帰国できないほどなのだから、現在有理が抱えている問題は相当なものだろう。


助けるだけの力は、自分には何もない。


「共倒れはなしだよ」


英理はこうべを上げて言った。


受話器の向こうで、軽く息を飲む音がした。


ややあって、「そうだな」と有理は静かに同意する。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る