第77話
数こそ少ないとはいえ、心のこもった
会館の片付けを終えたところで、後ろから声がかけられた。
「事故だったんでしょう」
恵美子の長女、
たしか今年で大学四年生になるはずだ。
ショートカットに切り上げた髪に、すらりと長い肢体が足の速い野生動物を思わせる。
妃紗菜は腕組みをしたまま、こちらを窺うような目つきで眺めている。
真珠のブローチが、喪服の胸元に美しく照り映えていた。
英理は「分からない」と首を振った。
「車は引き揚げてもらったけど損傷が激しくて、どういう状態で事故が起こったかまで、はっきりと突き止めることはできないって言われたよ。
親父の胃からは不審物は検出されなかったから、薬を飲んでた可能性はない。
現場に防犯カメラは設置されていなくて、対向車も後続車もいなかったから、目撃していた人もいない。スピードを出しすぎて、ブレーキを踏むのが間に合わなかったというのが結論らしい」
父の遺体を確認するために鹿児島に飛んで、そこで受けた説明を何度も繰り返すうちに、ほぼ
「ブレーキは?故障していなかったの」
妃紗菜は短く言った。
英理は微笑したまま沈黙を保つ。
車は前方部分から海に突っ込み、浅瀬の岩礁にたたきつけられたため、フロントガラスから運転席のあたりにかけては、激しい衝撃によって原型を留めないほど押し潰されていた。
ブレーキやアクセルペダルどころか、父親の顔すら判別するのは至難の業だった。
だが、それを妃紗菜に告げても何の意味もない。
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