第64話

広さはせいぜい六畳といったところだろうか。


清潔感のある白い天井にはしみ一つなく、入ってすぐの突き当たりには入口に背を向けるようにしてリクライニングチェアが置かれている。


その前にはマホガニーのデスクに、デスクトップパソコンが備え付けられている。


両脇の壁には造りつけの書棚があり、床から天井の高さまで隙間なくびっしりと本が並んでいる。


小さな窓にはクリーム色のカーテンがかかっており、何年も閉ざされたままのようだった。


微妙な罪悪感に支配されながらも、英理はパソコンの電源をつけた。


起動するまでの数十秒を、せっつくように眺めている。


結婚を止められないのなら、せめて理由を知るくらいは許されるだろう。


――出会ったのは一年ほど前、それから月に一、二回は会っていた。


本当なら携帯電話を見るのが一番なのだが、あいにく父は携帯をほとんど使わない。


仕事用に使っていた機種は化石のようなガラケーで、それも退職と同時に解約してしまった。


スマートフォンの操作など、できるわけもない。


唯一やりとりの痕跡が残っているとすれば、このパソコンだけだ。


機械にうとい父も、職場では人並みにパソコンを扱っているようだし、携帯よりスムーズにメール送信ができると言っていた。


弥生との連絡手段に使っていたのは、おそらくパソコンのメールだろう。


メール画面を起動してみると、慌ただしく送受信が行われる。


ざっと上から目を通してみたが、そこに弥生と思われる人間とのやりとりは残されていなかった。

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