第59話

「だから英ちゃん、今度の日曜日、生地屋さん行くのついてきて」


「ああ悪い、今週は駄目だ」


英理は片手を立てて断った。


「実家の荷物、整理しに行かなきゃいけないんだよ」


「そっか。新しいおうちになるんだっけ」


凜は言うと、英理の首に手を回して頭を自分の胸元に引き寄せた。


「寂しくなるね」


「……うん」


初めて、素直に頷くことができた。


いい歳して、いい大人なのに、父親の再婚にこれほど傷つくなんて情けない。


自分でも、どうかしてると思う。


なのに、そんな意地を張る気持ちが、温もりと一緒にどこかへ溶けてゆく。


「式は挙げないの?」


入籍の予定を話すと、凜は素朴そぼくに問うた。


英理は首を振って、


「初婚じゃないんだし、今さらだよ。もう顔合わせもすんでるし」


「でも、江本さんだっけ。女の人のほうは初婚でしょ?」


「それはそうなんだけどな」


と言って、英理はかいつまんで事情を話すことにした。


「江本さんは天涯孤独てんがいこどくなんだよ。中学の時に両親を亡くして、二人とも一人っ子で両親も他界してたから、親戚づきあいが薄かったらしく、父親と親しくしていた人の家に引き取られたんだそうだ。

成人してからは、その後見人の家を出て一人で暮らしてたらしいから、結婚費用を貯めるどころじゃなかった。それに本人も、式はいいって言ってるそうだ」


「ふうん。でも、それっておかしくない?」


凜は人さし指を立てて、小鼻に皺を寄せている。

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