第57話



父と弥生が寝ているところなど想像がつかないししたくもないが、夢に見るのは玄関だった。


玄関先に、おもちゃみたいに小さい赤いエナメルの靴が、父のよく手入れされた革靴の横に並んで置かれている。


その光景を、何度となく夢に見た。


登場人物は一切出てこない。


ただ開かれた玄関に並ぶ、二つの靴が全てを物語っている。


「食欲なさそうだね」


ゴーヤチャンプルーを半分以上残した英理を見て、凜はさり気なく指摘した。


「夏バテ?うなぎでも買ってこようか」


「いいよ。……ごめん」


英理は手を振り、情けない気分でビールを飲み干す。


慣れたはずの味が、ひどく不味まずかった。


今日の凜は、警察官の制服っぽいコスチュームを着ている。


紺青を基調とした全体的にかっちりとしたデザインだが、スカートは短く、腕章や胸章は花模様にアレンジされていた。


「ね、これどう?」


両手を広げて一周回り、凜が尋ねる。


「似合ってるよ」


「適当すぎ」


と、凜が英理の頭を軽くはたく。


英理がぼんやりしたままの様子を見て、本棚からアニメ雑誌を持ってきて隣に腰をおろした。

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