【2】ヴェリナス

第41話




「私は反対よ」


ホテルの五十五階、窓からは遥かに都会の街並みが見下ろせる中華料理店の個室に着席するなり、恵美子は容赦ない舌鋒ぜっぽうを繰り出した。


「電話でも言ったけどね。兄さん、あなた自分がいくつだと思ってるの。もう六十でしょう。それを、こんな若い子捕まえてやに下がってるなんて、天国の父さん母さんが聞いたら泣くわよ」


まだ食前酒も運ばれてきていない段階だが、英理は既にこの場から逃げ出したくてたまらなかった。


先ほどから弥生の視線が糸のように絡みつくを感じていたが、がんとして視線を合わすまいと口を引き結ぶ。


有理は「まあまあ」と宥めるように、


「とにかく最後まで話を聞いてからにしませんか。確かに体裁ていさいが悪いことは事実ですが、親父にもそれなりの考えがあるんだろうし」


英理はテーブルの下で、膝の上に置いたこぶしを筋が浮くほど握りしめた。


――考え?そんなもの、あるわけない。


全ての顔のパーツが中央に寄った、どこからどう切り取っても善人にしか見えない顔立ちの父親は、事の成り行きを予想していたらしく、あまり動揺してはいなかった。


「突然こんな話になって、驚かせてしまってすまない。だが僕らにとっては、それほど急な話でもないんだ。知り合ったのは一年ほど前で、それからは一ヶ月に二、三回は会っていた。僕の定年退職と同時に、籍を入れようという話も自然に決まったんだ」


「恥知らず、ロリコン」


恵美子は口汚くののしった。


「こんな子どもみたいな年の子を相手に、何て情けない」


瞳に涙を溜めている様子を見ると、ショックの大きさが推し測られて、さすがに英理の心も痛んだ。

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