第33話
やりとりが眼前に繰り広げられている最中も、弥生はまばたきすらせず、置物のように停止している。
さすがに気味が悪くなってきたのか、慶子が声をかけた。
「ちょっと。要らないなら要らないって言いなさいよ。別に強制じゃないんだから」
すると弥生は口に手を当て、軽く首を振った。
「何?」
ますますわけが分からないといった様子で、慶子が眉を吊り上げる。
「喉の調子でもおかしいんですかね」
派遣社員の一人が心配ごかしに言うが、目は好奇に光っている。
青ざめた弥生の顔色を見て、
「すいません」
思わず英理は声をかけていた。
五人の視線の集中砲火を浴び、軽く目まいを覚えそうになる。
英理は勇気を振り絞って近づくと、
「すいません、冴島さん。そのお土産、俺、代わりにもらってもいいですか」
慶子はたじろいだ。
「私は別に構わないけど……」
ちらりと視線を弥生に向ける。
「江本さんも、いいかな。それで」
弥生は重たそうに首をもたげると、英理のほうを向いて頷いた。
「ありがとうございます」
と言い、英理は拝むようにしてケーキの箱を受け取った。
それと同時に、入れ替わるようにして弥生が廊下を小走りで去っていく。
「何なの、あの子」
慶子は理解不能といった顔つきで蔑む。
「結構、不思議ちゃんですよね~。江本さんって」
と派遣社員の一人が相づちを打つ。
英理は再び白い箱の中に目を落とした。
つややかな黒い三角形をした、甘い匂いのするチョコレートケーキが一つ、行儀よくそこに居座っていた。
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