第28話

「理由はないけどちょっと嫌とか、何となく行きたくないとか、そういう感覚は大事にしたほうがいいって、おばあちゃんが言ってた」


ぽつりと凜は言った。


「そうかもな」


英理も素直に納得する。


たまたま乗り遅れた電車が事故に遭ったり、何となく食べなかった弁当に後で食中毒が発生していたことを知ったり、世の中にはそういう偶然は珍しくない。


身に備わった本能的な危機回避能力が何かを報せるのか、それとも直感が天から降ってくるのか、知り得るすべはないけれど。


「ただ、それこそ何となくなんだけど、避けてるだけじゃどうしようもないような気もするんだよ」


「その人のほうが、自分から近づいてくるってこと?」


「ううん……。何ていうか、うまく言えないけど」


凜はしばらく黙って考え込んでいたかと思うと、


「英ちゃんの会社、楽器の販売してるんだよね」


「まあ、主にそんな感じかな」


「会社もいろんな人がいるけど、一応、社風みたいなのがあると思うんだ。中の人には見えないけど、外から見ると分かるカラーみたいな」


「うん、分かる」


しくも同じ内容を先日考えていたことに思い当たり、英理は目をみはった。


「その人、全然そういうのに染まらない人なんだよ。付き合いもほとんどしないし、帰属意識も薄そうだし」


コネ入社だと聞いているし、愛社精神も持ち合わせていなさそうだ。


弥生には社風に馴染もうという努力も、求められるとおりに振る舞おうとするそぶりも全く感じられない。


中学のときと同じく、何の匂いもせず無色のままだ。

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