第22話 よこたん大勝利♪

「あ、あの……よこたん? 何か怒ってます?」

「……べつに。ただ女の子の純情をもてあそんだししょーは、馬に蹴られちゃえばいいと思ってるだけだよ」

「めっちゃ怒ってますや~ん。激おこぷんぷん丸じゃ~ん?」

「怒ってないもん……。ししょーのバカ……」



 ビーチバレー大会の運営本部と化しているテント前にて。


 なんとか滑り込みギリギリでエントリーすることが出来た俺は、我が不祥の弟子と喜びを分かち合おうとするのだが……なんかね? めっちゃ怒ってるの、彼女。


 むすっ! と頬を膨らませて、かたくなに俺の方を見ようとしないのね。


 おいおい、どうしたぁ~? 反抗期かぁ~?



「一緒にビーチバレーに参加して欲しいなら、素直にそう言えばいいのに……。ししょーはどうして、そう勘違いさせるような事ばっかり――(ぶつぶつ)」

「ま、まぁまぁ古羊ちゃん! アイツも反省してるだろうしさ、ここは機嫌を直して、ビーチバレーに集中しようぜ!」

他人事ひとごとみたい言わないで。ししょーの事でしょ、もうっ!」



 下からジトッとした瞳で睨まれる。


 どうでもいいけど、このアングルだと身長差があるから、古羊のお胸の谷間を見下ろす形になって……ほほぅ? 


 朝はナンパ事件もあって、じっくり観察することが出来なかったが、改めて見ると、凄いなコイツ?


 モノキニ水着の中に無理やり詰め込んだみたいに、ぎゅうぎゅう! のミチミチ! いや、むちむち♪ 詰まったパイパイは3Dメガネを使わなくとも、圧倒的な立体感を持って飛び出ていて、手塚ゾ●ンよろしく、男の視線を吸い込んで離さない、魅惑のエロティカル・ゾーンを形成していた。


 もう特になにが凄いかって、トップバストとアンダーバスト差だよね!


 水着という薄布1枚に包まれているおかげで、ただ直立しているだけだというのに、その突出レベルを如実に表していて……一体ナニを食べれば、そんな世界を相手に出来る大胆不敵なワガママボディを手に入れる事が出来るのだろうか? シロウ、気になります!


 ビーチに来ていた野郎共も、俺と同じ感想を抱いているのか、みな驚愕きょうがくに満ちた瞳で、全力で鼻の下を伸ばしていた。


 奴らにとっても、この合法的かつハイクラスのエロさは未体験の領域ゾーンなのだろう。


 俺はそんな美少女をはべらかせていることに優越感を覚えると共に、少しだけ嫉妬というか、その……うん。


 古羊の水着姿を、女体に飢えた野郎共に見せたくないという気持ちが芽生えている事に気がついて、自分で自分に驚いてしまう。


 いや、分かってはいるんだよ? 別に古羊は俺のモノじゃないし、彼女ガール・フレンドですらないんだから、そういう感情を抱くのは自意識過剰の間違いだってことくらいさ。


 ……分かってはいるんだけど、その……うん。


 俺は少しだけ野郎共の視線から古羊が隠れるように、微妙に立ち位置をズラした。


 そんな事をしてしまう、自分の矮小さが、なんとも情けなかった。



「??? どうしたの、ししょー? そんな怖い顔して? も、もしかして、怒っちゃった?」



 1人彼女の水着に悶々もんもんとしていると、何故か泣きそうな顔で俺を見上げている古羊の存在に気がついた。


 あ、あれ!? なんで泣きそうになってんだ、コイツ!?



「ちょ、待て待て!? 泣くな、泣くな! 急にどうした!?」

「だ、だって……。ししょー、難しい顔して黙っちゃうし……ボクが言い過ぎたせいで、怒っちゃったのかなって……。ごめんなさい……」



 だから、嫌わないで? と庇護欲をそそる表情で俺を見上げてくる古羊。


 どうやら、俺が不自然に押し黙っているせいで、不安になってしまったらしい。


 流石に今、自分の矮小さに絶望しつつも、古羊のおっぱいに夢と希望を貰っていた! という勇猛果敢な告白は俺にはレベルが高すぎる。



「ち、違う、違う! 別に怒ってないって!」

「……ほんと?」

「マジマジッ! ただ改めて『その水着、似合ってるなぁ』っと思って、見惚れていただけだから!」

「見惚れて……あぅぅ」



 一転。


 先ほどまで泣きそうになっていた古羊が打って変わって、今度は恥ずかしそうに頬を赤らめうつむいてしまった。


 あ、あれ!? も、もしかしてセクハラしたと思われたか!?


 し、心外だ! 俺がセクハラをしたら、この程度で済むワケがないだろう? ハハッ!


 ――って、違う!? そうじゃない!


 は、はやく誤解を解かなくて!



「ち、違うぞ古羊っ!? これは純粋に水着姿を褒めただけで、断じて程度の低いセクハラじゃないからな!?」

「わ、分かってる! 分かってるから!」



 慌てて言い繕う俺に、コクコクと頷き返す、なんちゃってギャル。


 古羊はそのまま、どこか甘えるような上目遣いで俺を見上げてきて、



「その……ありがと。うれしい」

「お、おぅ。ど、どういたしまして……」



 なんとかお互いに言葉を搾りだし、そのまま気恥ずかしくて、2人同時に明後日の方向へ視線を逃す。


 な、なんだ、この甘い雰囲気は?


 古羊の様子が気になってチラッ、と彼女の横顔を窺えば、ちょうど古羊も俺の様子を窺うべく、視線を戻していて……うぐぅ!?



「「え、えへへ……」」



 お互い、顔を真っ赤にしながら、はにかんだ笑みを浮かべて「えへえへ」と笑い合う。


 気まずいが、決して嫌じゃない時間。


 2人だけの時間。


 俺たちだけの時間。


 俺と古羊だけの……時間。



「「…………」」



 気がつくと、ビーチに映った俺と古羊の手が、ゆっくりと重なり合う――



「――許さへん。許さへんぞぉ、このメス豚ァァァ……ッ!?」

「ッ!?」



 瞬間、異様に力のこもった声が背後から聞こえた。


 俺は弾かれたように古羊から距離を取り、慌てて背後に振り返る。


 古羊も、俺とまったく同じ動作をして振り返る。


 そこには鬼の形相で俺……というより古羊を睨みつける、森実が誇る我らがハードゲイ、鷹野翼が肩をいからせ立っていた。



「わ、ワシの喧嘩狼に色目を使うだけじゃ飽き足らず、ボディタッチまで、うぎぎぎ……ッ!?」



 ぎりぎりっ! と歯ぎしりをする鷹野は、これまで見たことがないほど表情を歪ませていた。



「へぇ? 公衆の面前でイチャつくだなんて、随分とまぁ余裕があるじゃないですか士狼?」

「見せつけてくる……」

「ゲッ!? 芽衣!? メバチ先輩まで!?」



 そんな阿修羅と化した鷹野のハードゲイの背後から、芽衣とメバチ先輩が微笑を浮かべながら姿を現した。


 3人は背後の景色が歪むほど、全身から蜃気楼しんきろうのように、謎のオーラを辺り一面にまき散らしていて……おっとぉ?


 これは、もしかしなくても俺、死んだか?



「流石に士狼が可哀そうですし、手心でも加えてあげようかと思ったんですが……どうやらその心配はいらないようですね」

「そうだね会長……」



 い、いやこれは……、と浮気現場に踏み込まれた旦那のように狼狽うろたえる俺を無視して、2人はニッコリ♪ と微笑んだ。



「では魚住先輩? わたし達の持てる全てを使って、2人を潰してあげましょうね?」

「うん……。5分前までにはそう思わなかったかもしれないけど、今は心の底からそう思う……」



 隠れた前髪の隙間から、光を失った瞳で俺を捉えるメバチ先輩。


 あ、あれ? 先輩、そんなキャラでしたっけ?


 あの後輩に優しいメバチ先輩は何処いずこへ?


 というか芽衣ちゃん? 若干、素がハミ出てますよ? 



「覚悟しとけよ、この牛乳女がぁ……っ! 1回戦の相手がワシらだった事を後悔させてやるぜよっ!?」

「う、牛乳女……」



 ガーンッ!? とショックを受けたように、豊かに育った自分のパイパイを両手で抱きしめる古羊。


 その姿は、ちょっとしたグラビアアイドルの写真集のように扇情的で、カメラ! 誰かカメラを持って来てぇ!?



「――って、初戦の相手は鷹野とお兄様!? マジで!?」

「マジですよ、ほら」



 芽衣が持っていた紙切れを印籠(いんろう)よろしく、俺の方へズイッ! と突きつけてくる。


 その紙切れには俺ら古羊の名前の他に、芽衣やメバチ先輩、果てはオカマ姉さんの名前までっていて……なるほど、トーナメント表かコレ。


 え~と、なになに?


 ふむ、どうやら試合は全部で5回戦あるらしく、俺と古羊の名前の隣には、確かに我らが第1回戦の相手となる、鷹野と大和田の兄様の名前が記されていて。



「えっ、ちょっと待って? コレ、順当に勝ち上がったから、2回戦で芽衣たちと当たって、決勝戦でオカマ姉さんと当たる組み合わせじゃねぇか!?」



 おいおい、マジかよ!?


 俺はてっきり変態同士で潰し合いをしてくれるとばかり思っていたのに、この組み合わせだと、全員と総当たりになるじゃねぇか!?


 もうマジで俺たちが優勝する以外に道が無いんですけど!?



「ふんっ! 喧嘩狼の下のお口はワシのもんや! 誰にも渡さんぜよ! 乳首を洗って待っとれや、この牛乳女っ!」

「『首』じゃなくて?」



 どんなときでもツッコミスピリットを忘れない古羊を一瞥いちべつして、ズンズンッ! と大股で明後日の方向へと歩き去っていく鷹野。


 そんなハードゲイの言葉を無視して、いつの間にやら、メバチ先輩の腕の中にはバレーボールが鎮座していた。



「会長、はやく戻って練習しよう……」

「そうですね。ボールも確保できた事ですし、練習に戻りましょうか。それでは士狼、洋子。2回戦で会いましょう。……まぁ『勝ち上がれれば』の話ですけどね」



 悪役令嬢よろしく、嫌みの1つをその場に残して、メバチ先輩と共に自分たちの陣地へと立ち去っていく女神さま。


 ほんとアイツは悪役のセリフがよく似合うなぁ。


 って、そんな事を考えている場合じゃねぇ!



「ど、どどどど、どうしよう、よこたん!? どうしよう、よこたん!?」

「おち、おち、落ちちゅっ!? 落ちちゅいて!? 落ちちゅいて、ししょーっ!?」



 わたわたっ!? と、2人して無意味に両手で空中をかき混ぜる、俺と古羊。


 瞬間、心、重ねている。



「だ、だいじょぶ! 大丈夫だよ、うん! か、勝てばいいんだから!」

「そ、そうだよな!? 勝てばいいんだよな!? 勝てば全て上手く治(おさ)まるんだもんな!?」

「そうだよ! 勝てばいいんだよ、勝てばっ!」



 2人してバカみたいにコクコクと頷き合う。


 絶対に負けられない戦いが、ここにあった。



「そうだ、俺たちの絆を信じるんだ。俺たちなら、絶対に勝てる!」

「うんっ! 足りない技術は根性でカバーするよっ!」



 むんっ! と両手を握りしめる、なんちゃってギャル。


 可愛い、結婚したい。



「よしっ! いっちょカマしてやろうぜ、古羊っ!」

「おーっ!」



 グっ! 拳を天に突き上げる俺たち。


 ビーチバレーは繋ぐスポーツ、仲間との絆が1番の武器となる。


 その点では言えば、俺たちはまさに最強のペアと言えるだろう。


 間違いない、勝ったなコレは。ガハハハハッ!


 勝利を確信した俺たちは、お互いにニッコリ♪ と微笑みながら、勝利試合会場へのステージへと歩き出した。

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