第19話 うどん県のんびり生徒会

『悲しきチャラ男のナンパ大事件』から3時間の浜辺にて。



 とくにトラブルらしいトラブルは何も起きず、普通に沖の方で海水浴を楽しんでいた俺たちは、お昼時ということもありビーチの方へと戻ってきていた。



「やべぇ、今日メチャクチャ楽しいっ!」

「ここまで足を延ばしてみて良かったね、ししょーっ!」

「遊び過ぎて、お腹空いた……」

「そうですね。確かにちょっと、はしゃぎ過ぎちゃいましたね。ならあそこの海の家で、お昼がてら一旦休憩しませんか?」



 さんせぇ~っ! と全員で頷きながら、心地よい疲労感の中、近くにあった海の家の方へと歩き出す俺たち。


 ふぅ、と息を吐きながらお空を見上げると、芽衣のうなじのように真っ白な大きな雲が、気持ちよさそうにプカプカと浮かんでいた。



「??? どうしたの、ししょー?」

「いや……こうして落ち着いて夏の空を見上げたのは何時いつぶりかな、って思ってさ」



 感慨かんがい深げに目を細めながら、潮風をその身に浴びる。


 本当に、こうして五体満足で夏の空を見るのは久しぶりだ。


 大抵、夏の空を見上げるときは、我が家のママンのせいで、意識朦朧と地面にぶっ倒れているのがほとんどだった。


 特に危険がなかった夏の日にも、生き急ぐかのように元気と遊んでいたし、お空をゆっくり眺めるのは本当に久しい気がする。


 最後に夏の空をゆっくり見たのはいつだったかな?


 ……あぁ、そうだ。富士の樹海で強制夏合宿をさせられた翌年だから、中学1年の8月、夏休み最終日だ。


 あの日は確か、夏休み最終日ということもあり、夕方、我が家の前の道路で、元気と一緒に線香花火をしていたときの事だったっけ。


 2人でパチパチと儚く燃える線香花火を眺めながら、しみじみと夏の終わりを惜しんでいたあの日。


 俺は線香花火を眺めながら、泣きそうになっていた。


 なんせ、その年の夏休みは、本当にいい夏だったのだ。


 その年の夏、ママンは仕事で長期出張に出かけおり、俺は生まれて初めて、命の危険がない夏休みを過ごすことが出来た。


 富士の樹海で合宿させられることも、熊と命のやり取りをすることもない。


 なんなら米軍の基地から『食料を盗み取ってこい』と言われることもなければ、実行することもない、なんとも平和で素晴らしい夏休み。


 そんな最高な一夏を過ごしたせいかな?


 ついセンチメンタルな気分のまま『この火が落ちたら、夏も終わりだな……』なんて口にしてしまったよ。


 元気も元気で、俺の夏休み事情を知っていたので、同じくセンチメンタルな表情のまま『そうなや……』とつぶやいて、苦笑を浮かべていた。


 本当にいい夏だった……。


 だから、あのときの俺は1分1秒でも長く線香花火を持たせようと一生懸命だった。


 元気のともした線香花火が、すぐに落ちてしまった代わりに、俺は必死になって線香花火に火をともし続けた。


 だが世の中、始まりがあれば終わりがある。


 あっけなく、俺の線香花火は地面へ落ちた。


 俺は火の灯っていない自分のこよりを見下ろしながら『終わっちゃったよ、俺の夏……』と、涙の代わりに笑みをこぼした。


 その哀愁あいしゅうただよう笑みに、大神士狼の純粋極まりない気持ちを感じたのか、元気がそっと俺に近寄って来た。


 元気は残念がる俺の手から、こよりを受け取ると『ほれ』と言いながら、その先端を掲げてみせた。


 そこには大きな火種がパチパチと燃えていた。




 ――そう、夕日という名の大きな火種が、こよりの先に灯っていたのだ。




『相棒。こうすれば、まだ夏は少し続くで?』と、らしくもなくロマンティックなことを口にしながら、はにかむように笑みをこぼす元気。


 そのどこまでの気高く、美しい友の姿に、不覚にも心を涙がこぼれそうになった。


 元気は、目をすがめながら、ちょっと恥ずかしそうな表情で、こよりを返すべく俺の方へと振り返った。





 ――そこには俺ではなく、何故かトヨタ・プリウスが停まっていた。





 呆然ぼうぜんとする元気。


 それを文字通り、遥か上空から眺める俺。


 そして間髪入れずに、運転席からベルト、ホック、チャックを全解放し、完全臨戦態勢の成人女性が『うひぃ~っ!?』と言いながら姿を現した。


 ちょうど出張から帰って来たらしい大神家のビッグボスにして、『タバコを吸うくらいなら乳首を吸うわ!』でお馴染みの、大神蓮季はすきママ上の登場だった。


 母ちゃんは、ほぼパンツ丸出しのまま『漏れる、漏れるぅぅぅ~っ!?』と悲鳴をあげながら家の中へと入って行く。


 もう何が起こったのか、分からなかった。


 あまりにも見事な手品を見たとき、その凄さを理解できない感覚に似ていた。


 なんせ我が十年来じゅうねんらいの友が消えた代わりに、車と、パンツ丸出しの母上が現れたのだ。


 もはや俺の混乱は想像にかたくないだろう。


 そんなカオスを加速させるかのように、我が肉体がアスファルトの地面に向けて加速開始。


 数秒後、ドシャリッ!? と粘土を遥か高みから叩きつけるような音と共に、俺の身体がアスファルトに不時着した。


 そんな横たわる俺を見て、『親方……空から男の子が』とつぶやく元気。


 朦朧とする意識の中で見上げた空、涙が出るほど綺麗だった。



「――ちなにみ、その日の晩御飯は、母ちゃんお手製の創作プロテイン料理だったぞ」

「そ、そっか……。その……元気だしてね、ししょー?」

「??? おう、ありがとう」



 何故か古羊に同情的な眼差しを向けられる俺。


 彼女の目尻には、ほんのりと涙の雫が浮かんでいて……なんで泣いてんだ、コイツ?


 まぁいいや。



「さて、どうだった? 俺の実に牧歌的で平和的な、ハッピーな夏休みの思い出の話は?」

「ちょっと待って、ししょー? もしかして今の話は、ししょー的には『幸せ』な部類に入る話だったの!?」



 一瞬で涙が引っ込んだらしい古羊が『戦慄しました……』と言わんばかりに、表情を強張こわばらせた。


 泣いたり驚いたりと、忙しいヤツだなぁ。


 なんて事を思いながら、彼女の言葉を肯定するように首を縦に振る俺。



「そうだけど? 逆に何の話だと思ったんだよ?」

「ボクはてっきり『母親ハスキさんが変態さん過ぎて、生きていくのがつらい』って話を聞いているのかと思ったよ……」

「わたしは今、士狼のその妙な打たれ強さの根源を垣間かいま見た気がしましたよ……」

「そんな事がありながら、平然と夕食を用意する大神くんのお母さんにも、怖いモノがあるよね……?」



 ワタシなら普通に児童相談所に駆けこんでるよ……、と何故か引き気味にそう答えるメバチ先輩。


 その頬を若干青ざめていて……先輩、身体でも冷やしたのかな? ちょっと心配だなぁ。



「おっ?」



 そんな事を考えていると、目の前から大きなスイカを胸に抱えた、大きなお胸をした水着美女が、数人の女性とキャピキャピしながらコチラに向かって歩いてきている姿が目に入った。


『これでスイカ割り出来るね!』と、スイカを持って嬉しそうに笑う水着美女。


 途端に、彼女の自前のスイカがぷるん♪ と揺れた。


 ほほう? 何とも大きくて立派な大玉スイカおっぱいじゃないか?


 古羊のマスク・ド・メロンには若干大きさで劣るが、なかなかにパフパフしがいのあるスイカと言えよう。


 これはイイものを見た! と、1人ほっこりしていると、俺の顔をジーッと観察していたらしいメバチ先輩と目があった。



「どうかしましたか、先輩?」

「ううん……。ただ、大神くんも、やっぱり大きい方が好きなのかなって思って……」



 特に理由のないセクハラが俺を襲う!



「そ、そりゃまぁ……はい。俺も男の子ですからね」

「そうなんだ……。ワタシも大きいの大好き……」



 なん、だと……っ!?


 スイカを持っている巨乳の水着美女を一瞥いちべつしながら「おそろいだね……?」と、はにかんだ笑みを浮かべるメバチ先輩。


 そ、そうだったのか。


 メバチ先輩も、巨乳スキーだったのか!


 思わすメバチ先輩の胸元に視線が引っ張られる。


 黒のコルセット・ビスチェタイプの水着からは、慎ましくも、下品にならない『ちょうどいい』深さの渓谷けいこくが覗き見える。


 さっきまで海に入っていた影響か、鎖骨から零れ落ちた一筋の水滴が、吸い込まれるようにメバチ先輩の谷間という名の渓谷に落ちていき……思わず下品にもゴクリッと喉が鳴った。


 せ、先輩、今でも十分立派だけど、まだ大きくさせたいのかな?



「なんて言うか、美味しそうだよね……?」

「こう、むしゃぶりつきたくなりますよね♪」

「分かる……」



 おっぱいトークに華を咲かせる俺とメバチ先輩。


 まさか、先輩とここまで赤裸々におっぱいについて話し合えるだなんて、すごく楽しいや!


 まぁ、何故か芽衣と古羊が眉間みけんに手を当て『なにやってんだが……』みたいな顔をしているのがちょっと気になるところだが、今は先輩とのおっぱいトークを楽しもう。



「ウチの家族も、みんな大好き……」

「奇遇ですね。大神家ウチもみんな大好きなんですよっ!」



 どうやら、魚住ファミリーは大神家と同じく『おっぱい星人』らしい。


 おっぱい星人1号ことメバチ先輩は、どこか自慢げに微笑みながら、



「実はね、毎年、親戚から我が家へ、たくさん送られてくるんだ……」

「えっ、親戚からっ!?」

「うん、お裾分すそわけで……」

「お裾分けでっ!?」

「『手塩にかけた子どもたちを、美味しくいただいてください』って……」

「マジでっ!?」



 思わず興奮のあまり声を荒げてしまった。


 なんということだっ!?


 魚住家では毎年、天国の扉ヘヴンズ・ドアが開かれているというのか!?


 こ、こうしちゃいられねぇっ! 何とか言葉巧みに先輩を誘導して、お家にご招待してもらえるようにしなければっ!



「2人とも、よくそんな曲芸じみた会話が出来るね?」

「一応言っておきますが、士狼。スイカ野菜の話ですからね?」

「もちろん、スイカおっぱいの話だろ? 分かってるよ」

「……これは後で士狼の誤解を解いておく必要がありそうですね」

「そうだねメイちゃん……」

「??? なに言ってんだ、おまえら?」



 古羊と芽衣がワケの分からんことを言っている間に、海の家へと到着する俺たち。


 やはり『うどん県』ということもあり、ほぼメニューが『うどんオンリー』な所に、この県の並々ならないプライドを感じる。


 が、このメニューは一体何だ……?



「『なぁ~にぃ~? カレーライスだぁ? 日本人ならうどんを食え! 海の家特製、カレーうどんセット降臨こうりん!』……。何だこのメッセージ性の強いメニューは?」

「カレーライスに並々ならぬ憎しみを感じるよね?」



 なんか『カレーうどん』の商品名だけ、すげぇ事になっていた。


 昨今のラノベ業界のように、あらすじ調の長い名前もそうなのだが、商品名の最後に『降臨!』と名付けちゃっているがために、もはや完全にキャッチコピーと化しているこの『カレーうどんセット』。


 正直、ちょっと興味がある。


 注文してみようかな?



「では、わたしは『冷やし天ぷらうどん』で」

「普通の『うどん』……。温かいので……」

「う~ん、それじゃボクは『ぶっかけうどん』冷やしでっ!」

「女の子が『ぶっかけ』って言うと、エロいよなぁ」

「ほら、余計なこと言ってないで、士狼も早く注文してください。後ろがつかえているんですから」



 ほ~い、と芽衣の言葉に適当な相槌を打ちつつ、財布の中身を確認し――あっ!?



「やっべ、財布パラソルの下に置いて来ちまった!?」

「何をしているんですか士狼……?」

「ししょー。お金、貸そうか?」

「いや、すぐそこだし、ちょっと取りに戻って来るわ」



 呆れた瞳を浮かべる芽衣の隣で、心配そうに財布を取り出す古羊。


 そんな古羊の申し出をやんわりと断ると、メバチ先輩が関心したように「おぉ……」と声をあげた。



「偉いね、大神くん……。女性に代金を支払わせるのが当たり前の、腐ったゴミのような感性を持った男の子じゃなくて、感心しちゃった……」

「先輩、過去に何かありました?」



 メバチ先輩の男性遍歴がすごく気になるところだ。



「すぐに戻るから、先に食べといてくれ」



 色々と言いたいことはあるが、まずは財布の確保だ!


 俺は3人にそれだけ言い残すと、スタコラサッサ♪ とベースキャンプまで駆け足で戻って来る。


 そのまま荷物と一緒にパラソルの下に置いていた財布を拾い上げ、海の家へ戻ろうとして――




「ねぇねぇ、そこのやたらとイイ身体をしているマッチョな君ぃ~?」

「ちょっと、お話いいかな?」

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