第18話 ナンパ野郎と変態少年の水着革命

 電車とバスを乗り継いで1時間と30分。


 地元を大きく離れた俺たちは、香川県にある『とある』海水浴場へとやって来ていた。



「おぉっ!」

「うわぁっ!」



 香川県の高松駅からバスで移動すること20分。


 目的地の停留所に降り立つなり、古羊と共に鮮やかなコバルトブルー一色の瀬戸内海に感嘆の声をあげる。



「すごいっ! 海が青いっ! ほんとに青いよ、ししょーっ!」

「あぁっ、森実のドブ水みたいに死んだ海とは大違いだっ!」

「確かに、海きれい……」



 海が生きている喜びにキャッキャする3人を横目に、芽衣はどことなく自慢げに「ふふんっ♪」と鼻を鳴らした。



「昔、ココに家族で海水浴に来た事があったんですよ。穴場なんで、人も少ないし、ゆったり過ごせますよ?」



 そう口にする芽衣の言葉を証明するように、確かに人は少ない。


 といっても閑散としているというレベルではなく、ほどよく賑わっているといった雰囲気だ。


 俺たちの居る道路を挟んで、コンクリの階段を下りた浜には、2軒の海の家と共同のシャワー小屋、そして簡易更衣室とコインロッカーが目に入る。


 どれも真新しく、穴場というには少々不可解である。



「なんか、海の家といい、シャワー小屋といい、妙に新しくないかココ?」

「ほんとだ。前からこんな感じだったの、メイちゃん?」

「いえ、わたしが家族と来たときは、古めかしい海の家が1軒、ポツンと立っていただけですが……う~ん?」

「多分、それは『アレ』のせい……」



 アレ? と古羊と芽衣の2人と一緒に、首を傾げながらメバチ先輩が指さした方角に顔を向けた。


 そこには少し離れた高台に、8階建ての白いリゾートホテルが鎮座していた。



「さっきスマホで調べたら、来月、グランドオープンだって……」

「なるほど、それに合わせて海の家の方もリニューアルしたんですね」

「じゃあ今のうちに来れてよかったね!」

「だな。来月はここ、人でいっぱいになりそうな雰囲気があるし」



 俺はビーチで花開いているいくつかのパラソルを眺めながら、うんうん! と1人首肯する。



「って、こんなところで立ち話もなんだし、早く今日の宿泊先に行こうぜ?」

「士狼のいう通りですね。ではみなさん、ついて来てください。この先の民宿が、わたし達の拠点になります」



 行きますよ? と声をかける芽衣に、全員で「はーい」と頷きながら、彼女の後ろを軽い足取りでついて行った。



◇◇



 民宿に荷物を置いて、再び浜辺へと舞い戻って来た俺は、さっさと水着に着替えて、芽衣たち3人がやってくるのを、今か今かと待ちわびていた。



「ふふふっ! まだかな まだかなぁ~♪」



 手早く海の家で借りたビニールシートとビーチパラソルを立てながら、水着美少女たちの登場を心の底から待ちわびるナイスガイ、俺。


 もちろんビニールシートもビーチパラソルも、俺の自腹である。


 なぁに問題ないっ!


 うら若き乙女が水着姿で俺の前に立つ、それだけでプライス・レスっ! お金の問題なんて、些細なもんさ。



「そういえば結局、古羊は何の水着を買ったんだろう?」



 ビキニはもう無いとして、ワンピースか?


 ハッ!? ま、まさかのスク水かっ!? それはマニアック過ぎるぞ古羊!?



「いや、形など問題ではない」



 そうだ、姿・形は問題ではない!


 問題なのは、おっぱいだ! おっぱい!


 あのデカパイが、薄布1枚で俺の前に立つ。


 それだけで、お金では買えない価値がある!



『――ねぇ~、ちょっと位いいじゃ~ん? 一緒に遊ぼうよぉ?』

『大丈夫! オレたち、超やさしくするよぉ?』

『あ、あの、その、えっと……っ!? ぼ、ボク、お友達と一緒に来てて、だから、その……』

『【ボク】だって、かわいい~♪』


「んにゃっ?」




 妙に男の嗜虐心しぎゃくしんあおる聞き覚えのある声が耳朶を叩いたので、そちらに振り返ると、向こう側に数人の野郎どもの輪が出来ていた。


 なんだ、なんだ? あの野郎どものテンションの上りようは?


 有名人でも居たのか?


 ちょっと気になったので、心の中で『ぎょうっ!』と叫びながら、野郎どもの輪の中心に意識を向けると、見慣れた髪がぴょこぴょこオロオロしている姿が目に入った。



「お友達って、女友達と来てるの?」

「なら、その子たちも呼んで一緒に遊ぼうよ! 絶対楽しいから!」

「こ、ここ、困ります! 困りますぅ~っ!?」



 野郎の1人に腕を捕まれ、今にも泣きそうな顔でアワアワし始める水着ギャル、もとい古羊。


 あ、アイツ、ナンパされてるぞ!?


 しかも1人じゃなくて、複数人の男たちから!?


 す、すげぇっ! モテ放題の入れ食い状態じゃないかっ!


 いや、まぁナンパ野郎たちの気持ちも分からなくはないけどさ。


 なんせ今、古羊は水着姿なのだが、もう……凄いぞ?


 一見、全身を覆っているワンピースのように見えるが、背中が大胆にガバァッ! と開いているモノキニ水着を着用し、上品なのにセクシーというアンビバレンツな魅力を放っていた。


 そしてなによりもぉっ! 圧倒的立体感をもって飛び出ている、あのお胸!


 薄布1枚に『肉』を無理やり詰め込んだかのように、もうお胸の谷間がすんごい事になってるのね。


 水着越しだというのに、今にもはち切れんばかりにパンパンっていうね。


 なにアレ? 水風船か何かなの?


 そりゃナンパ野郎たちも、街頭に群がる羽虫のように寄ってきますわなぁ!


 ――とか言ってる場合じゃねぇや!?



「ここじゃなんだし、向こうの岩陰に行こうよ? 大丈夫、大丈夫! ちょこ~と、ストレッチするだけだから、さ。ね?」

「えぇ~、どんなストレッチするんだろぉ? アタイ、楽しみぃ~♪」

「誰だオマエっ!?」

「お友達ですっ!」



 グイグイと無理やり古羊を岩場まで連れ込もうとする小麦色の男たちの壁をくぐり、慌てて爆乳ギャルのもとまで駆け寄った俺は、我が1番弟子の腕を掴んでいた男の肩を抱きしめた。


 突然のイケメンの登場にギョッ!? と目を見開く野郎ども。


 そんな野郎どもを横目に、「し、ししょーっ!」と古羊の顔が安堵にほころんだ。



「んもうっ! ダメじゃない、よこたんっ! ナンパされるときは、アタイも呼んでって約束したでしょ?」

「いや、そんな約束してないよ!? そもそも、この人たちが勝手に言い寄ってきて……」



 とてとて――ピトッ。


 男の1人に捕まれていた手を解放されるや否や、慌てて俺の背後に隠れる古羊。


 途端に彼女のお胸のバイオ兵器が、俺の背中に密着してきて、危ない!? 俺の理性が危ない!?



「おい、このカマ野郎!? なに勝手に割り込んできて……るん、です……か」

「あぁん!? 女の前だからって、いい恰好つけ……んな、よ……」

「テメェ、泣かされたい……んです、か?」

「オレらが誰だか分かって……るん、です、よね?」

「???」



 野郎どもは、下半身がバイオハザードしかけていた俺を見るなり、何故か青い顔で頬をぴくぴく痙攣させていた。


 や、やばい!? もしかして、マジモンのハードゲイだと思われたか!?



「お、おい。行こうぜ?」

「お、おう。そうだな……」



 貞操の危険でも感じたのか、野郎どもはお互いの顔を見合わせると、どこか逃げるように早足で立ち去って行った。


 残された俺たちは、ポカンと口を開けたまま、野郎どもの後ろ姿を眺めつつ、首を捻った。



「ナンパの人たち、帰っちゃったね?」

「なんか、妙に慌てて帰って行ったけど、どうしたんだろうな?」

「さ、さぁ?」

「――あんた、そりゃ逃げ出すわよ」



 古羊と2人そろって「はて?」と首を傾げていると、背後から虚乳生徒会長さまの声が肌を叩いた。


 振り返ると、そこには長い黒髪を白いシュシュでポニーテール風にまとめた、水着姿の芽衣が立っていた。


 ローライズなショーツに、腰まであるスケスケのレースのパレオが何とも色っぽく、パレオからチラチラ見える太ももが、何ともまぶしい。


 普段はパンストで隠され――いや、より扇情的せんじょうてきに装飾されているおみ足は、当然、今は剥き出しの生足なワケで……正直、後光が差しているのかと思った。


 そして少し視線を上に滑らせれば、相変わらず、どういう技術で盛っているのか不明だが、ホルターネックの黒いビキニからは、日本海溝もビックリな見事な谷間が覗いて見えて……おいおい?



「やれば出来るじゃないか、芽衣! 俺、Aカップの谷間なんて初めて見たぞ! すげぇっ!? これならEカップと言われても信じてしまいそう――どぅあっ!?」

「あらあら? 余計なことばかり喋っちゃうお口はこれかなぁ~♪」



 魚住先輩が居ないせいか、素に戻った芽衣が素早く俺の頬をガシッ! と掴み上げる。


 う~ん、水着になろうが、今日も俺たちは平常運転らしい。



「め、メイちゃん? さっきの言葉ってどういう意味?」

「うん? 『そりゃ逃げ出すわよ』ってやつ? 言葉通りの意味よ」



 俺の顔を鷲掴わしづかみにしたまま、日常会話をし始める生徒会シスターズ。


 うん、こちらも平常運転だ。



「別にししょーは腕力でモノを言わせたワケじゃないよ?」

「この温厚なバカが、無意味に力を振るわない事くらい知ってるわよ。そうじゃなくて、士狼の身体つきを見てみなさい」

「身体つき?」



 そう言って古羊は、芽衣に言われた通り、俺の身体に視線を這わせて「あぁ~」と納得した声をあげた。


 えっ、なになに?


 どういうこと?



「ねぇ士狼? 一体どんな鍛え方をしたら、そんなムキムキになるわけ?」

「へっ? ……あぁっ、そういうことか!」



 ようやく芽衣の言いたいことが分かった。


 つまり、あのナンパ野郎たちは、俺がゴリッゴリの肉体派だと勘違いして、逃げて行ったワケか。



「まったく、失礼な奴らだな。俺はただの優しいお兄さんだというのに」

「あ、改めて見ると、ししょーって周りの男の子たちと比べると、とんでもないよね?」

「そうね。頭は空っぽだけど、肉体だけなら100点満点ね」

「うん。天から与えられた才能を、身体に全振りしたみたいだよね」



 ナチュラルに失礼なことを口にしながら、何故かポッ! と頬を赤く染める古羊。


 いや、身体の件に関しては、おまえに言われたくないんですけど?


 俺を見つめる古羊の瞳は、どこかネットリとしていて……ちょっと気持ち悪い。


 コイツ、たまにこういう目をして俺を見てくるから、怖いんだよなぁ……。


 その瞳は、お気に入りのグラビア女優を前にした2年A組の野郎どもによく似ていて……うん。


 なんとも居心地の悪い視線に晒され続けていると、横から芽衣が颯爽と助け舟を出してくれた。



「それよりも洋子、ダメじゃない? ああいうやからはね、ちょっとでも隙を見せると、年上のバックダンサーよろしく、すぐに手を出してくるんだから。それで何人のアイドルが無理やり卒業させられたことか……」

「ねぇ、アイドルのくだり必要ある? それ?」

「う、うん。ごめんね、メイちゃん?」



 芽衣は腰に手を当て「まったくもう」と、小さくため息をこぼした。


 どうやら本格的にお説教モードへ移行してしまったらしい。



「いい洋子? ああいう輩には、毅然とした態度でのぞむべきなの。あそこに居る魚住先輩のようにね」



 そう言って芽衣は、視線を明後日の方向へと滑らせた。


 釣られて俺も古羊も、芽衣の視線を追うように首を捻ると、そこにはちょうど、黒のコルセット・ビスチェを着込んだメバチ先輩が軽薄けいはくそうなチャラ男にナンパされていた。



「そこのお姉さん、可愛いねぇ~♪ なになに、1人? なら、オレと一緒に遊ばな~い?」

「鼻から毛が出てる……」

「実はこの辺りで、すっごく綺麗に海が見えるスポットがあってさぁ! よかったら案内するよ?」

「鼻から毛が出てる……。とくに左側……」

「と、ところでお姉さんの名前は何て言うの? オレ、お姉さんの名前、知りたいなぁ~っ!」

「ホクロにも毛が生えてる……」

「うわぁぁぁぁあああああああ~~~~~~~っっ!?!?」



 顔を隠しながら、悲痛な叫びをあげ、走り去っていくチャラ男。


 せ、先輩、なんて惨いコトを……。



「あっ、待って……? キミ、鼻とホクロから毛が出てるよぉ~……?」

「やめてっ! やめてあげてください先輩!? 彼のライフはもうゼロですっ!」



 泣き叫ぶチャラ男に追い打ちをかけようとするメバチ先輩に慌てて駆け寄り、ストップをかける。


 男の鼻毛は許してあげてください先輩! 後生ですからっ!


 女の子ほど、そんなに気ぃ遣っている人、なかなか居ないですからっ!



「わかった、洋子? ナンパはあぁやって撃退するのよ。とくにカッコつけている男性ほど、鼻毛を指摘されたら、泣きながら逃げ帰るわ」

「な、なるほど……。勉強になるなぁ」



 俺の背後をトコトコついて来ていた芽衣と古羊が、呑気にそんなことを言っていた。


 か、可愛そうにチャラ男……勇気を出して声をかけたハズなのに。


 彼がこれにりず、この先も女の子をナンパし続けてくれる事、期待してやまない。

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