第17話 がんばり屋大神くん、うどん県に行く

 古羊の『ムチムチ♪ 黒ビキニ鑑賞会』から2日経った、森実駅前にて。


 オカマ姉さんとの約束の日を翌日に控えた、早朝。


 今日は、『オカマさんのお嫁さんになる!』という悪夢から逃げるべく、芽衣と海の見える街へ旅行する日だ。



「ちょっと、遅れちゃったな」



 真新しいサンダルでアスファルトを蹴りながら、荷物を持って約束の場所へと駆けていく俺。


 セクハラ☆スタートダッシュ・センセーションにより、鮮やかに誤認逮捕された俺が、留置所から一旦自宅に戻り、荷物をまとめて待ち合わせ場所へとやってくると、そこにはもう3人の少女たちが、俺が来るのを今か今かと首を長くして待っていた。



「おいーす、おはにょ~諸君。……ん、諸君?」

「もうっ! 遅いですよ、士狼? 5分遅刻です。電車に乗り遅れちゃいますよ?」

「まぁまぁメイちゃん、落ち着て? まだ時間には余裕があるんだし、ね? あっ! おはよう、ししょー」

「おはよう、大神くん……。遅いから、今日は来ないのかと思って、心配した……」



 三者三様の挨拶を交わす芽衣と古羊とメバチ先輩。


 全員、いつか見た私服姿で、なんとも華があり可愛らしいのだが……ちょっと待ってくれ?



「あれ? 古羊とメバチ先輩も一緒に行くの?」

「うんっ! 仲間はずれは嫌だよ、ししょー?」

「海、楽しみ……」



 芽衣に聞いたのに、なぜか古羊とメバチ先輩が返事をしてくる。


 2人の気合の入れようはなかなかのモノであり、とくに古羊に至っては、かつて俺と初めてデートしたときに着用した、『あの服』を着ていた。


 そうっ! ウェストのなかばまでガバァッ! と開いた、背中がドエロい――違う、どえらい事になっているホルターネックの『あの服』だ!


 相変わらず背中のブラ紐が見えないから、服にカップが入っているのを知らなければ『ノーブラか!? ノブレス・オブリージュか!?』と勘違いしそうになって……おいおいマイケル? 俺は一体どうしたらいい? 古羊ヤツ、この夏のエンジョイする気満々ですぞぉ?


 さらに視線を下にズラせば、デニム生地のミニスカートが俺をお出迎えしてくれて――チクショウ!?


 古羊がこの服で来ると分かっていれば、自転車を用意したのにっ!


 そのミニスカートのまま、試乗しじょうしてもらったのに!


 心の中で地団駄を踏む俺を尻目に、白のタンクトップに黒色のワンピース、そして青色のジーンズを組み合わせた芽衣が、申し訳なさそうに小さく肩を竦めてみせた。



「ごめんなさい士狼? 洋子はバイトもあるし、魚住先輩に至っては受験生なので、遠慮してもらおうと思ったんですが……2人が『どうしてもっ!』と聞かなくて」

「いや、俺はまぁいいけど……古羊とメバチ先輩は本当に大丈夫なの?」

「うんっ! バイトは他の子に代わって貰ったから、大丈夫!」

「ワタシも受験勉強ばっかりだと、息が詰まるから……」



 古羊もメバチ先輩も『絶対についていく!』と言わんばかりに、にっこり微笑む。


 その笑顔は最高に可愛いのだけれど……気のせいかな? 2人とも妙にピリピリしているような気がしてならない。


 まるで肉食獣同士が、獲物を前に抜け駆けを警戒し合っているような、そんな雰囲気を感じる。


 いやまぁ、多分、気のせいなんだろうけどさ。



「そ、それで? これからどこ行くワケ? 結局全部、芽衣に任せちゃったけどさ」



 何となく場の空気が張り詰めたモノになりつつあったので、慌てて話題を変えるべく、我らが生徒会長殿に話を振る。


 空気が読める男、シロウ・オオカミをこれからもよろしく♪



「そう言えば、まだ士狼には伝えていませんでしたね? これから岡山駅に移動して、マリンライナーに乗って香川県に移動します。そこの穴場スポットで海水浴を楽しむ手筈てはずです」

「あぁ、うどん県に行くのね」



 どうやら、うどんに関してのみ比類なきアグレッシブさを有する『うどん県』こと香川県に向かうらしい。



「いいよなぁ、あそこに住んでる『うどん県民』達は。蛇口をひねれば、無料で昆布ダシが飲み放題でさ」

「そんなワケないでしょ」

「それ迷信だよ、ししょー?」

「えっ!? うそっ!? じゃ、じゃあ『うどん県民』の入ったお風呂からは、いい昆布ダシ

が取れるっていうのは!?」

「大神くん、それはもう人間じゃないよ……?」



 ガッデム!? そんなバカなっ!?


 うどん県民の身体は、昆布ダシで構築されているんじゃなかったのか!?


 じゃあアイツらの身体は、一体ナニに出来てるんだよっ!?



「ほらほら士狼、バカなこと言ってないで行きますよ?」

「あっ、待ってよメイちゃ~んっ!?」

「さぁ行こ、大神くん……」

「はぁい……」



 意気揚々と軽い足取りで改札へと向かう乙女3人の後ろを、トボトボついていく。


 かくして、オカマ姉さんから逃げるべく、大神士狼と愉快な仲間たちによる、2泊3日の夏休み旅行が幕を開けたのであった。

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