第16話 むちむちギャル子は黒ビキニ ~どすけべ試着編~

 女性陣の水着を買いに来て、1時間後の試着室前にて。


 それぞれ気に入った水着が見つかったのか、芽衣と古羊、そしてメバチ先輩はいそいそと数枚の水着を持って、試着室の中へと消えて行って10分。


 とくにやることもない俺は、ボケーと天井をあおぎながら、暇を持て余していた。



「……知らない天井だ」



 1人『エヴァ●ゲリオンごっこ』をしながら暇をつぶしていると、「ししょー、ししょーっ!」と俺を呼ぶ声が耳朶を叩いた。


 俺を『ししょー』と呼ぶ人間は、この世に1人しかいない。



「おっ、古羊。着替え終わったのん?」

「う、うん。そ、それでね?」



 古羊は自分の身体を隠すように、カーテンの隙間からひょっこり顔を出すなり、キョロキョロと辺りを見渡し始めた。


 その姿が妙に小動物チックで、思わずほっこりしてしまう。


 可愛いなコイツ? 抱きしめてやろうかしらん?


「よ、よし。誰も居ないね?」

「んっ? 誰か呼んできて欲しいのか?」

「そ、そういうワケじゃなくてね?」



 古羊は周りに俺しか居ないことを確認するや否や、カーテンの隙間から『こっち! こっち!』と、手招きしてくる。


 どうやら、俺をご所望らしい。



「は、はやくっ!」

「ほいほい、ただいま」



 そう急かすんじゃありませんよ、と心の中で呟きながら、古羊の入っている試着室の方へと近づく。


 すると、古羊は顔を引っ込めて、俺の前から姿を消してしまう。



「あ、あれ? よこたん? どうしたの? 俺にカワイイお顔を見せて頂戴?」



 ほぅら、怖くない……、と微妙なクオリティの『風の谷の少女ごっこ』に興じている俺を無視して、カーテンの隙間から無言で手招きしてみせる古羊。


 ふむ……これは『中に入れ!』と言っているのかな? 多分。


 だ、大丈夫かな? セクハラとか言われないかな? 


 かなり不安が残るが、とりあえず勇気を出して「えいやっ!」と、顔だけと試着室の中へ突っ込んでみる。



「お待たせしましたっ! ご注文の『俺』になりま……えっ?」



 いつも通りのテンションで、なんちゃってギャルに声をかけようとして……言葉を失う。


 古羊の甘い匂いがほんのりと充満した個室の中に居たのは――



「ど、どう……かな?」




 個室の向こう側、そこには――黒色のビキニに身を包んだ、ヨウコ・コヒツジの姿があった。




「そのぉ、ね? ししょー、露出の多い黒色の水着が好きそうだったから、が、頑張ってみましたっ! ……なんて、えへへ」

「………」

「……な、なにか言ってよ?」



 不安そう瞳のまま、上目遣いで俺の様子を窺う古羊。


 そんな古羊の黒ビキニ姿は、なんというか、もう……凄かった。


 水着のサイズが1ランク小さいのか、黒ビキニが彼女の柔らかそうな恵体けいたいボディに食い込んで、むちむち♪ ぷりんっ! 感がさらに強調されて、なんともエロい。


 その食い込み具合のセクシーさも最高に素敵だが、なにより目を引くのは、その布地の少なさ!


 おかげで、少し動いただけで、彼女のワールド・ワイドなお胸が、昭和の大運動会よろしく、簡単にポロリしそうで……おいおい、まったく。


 気がつくと、俺は首を振りながら、深いため息をこぼしていた。



「やれやれ。俺は100点満点とは言わなくても、80点ぐらいの水着姿を期待していたんだけどな……。まさか、こんなサプライズが用意されていたとは」

「あっ、似合ってなかったかな……? そ、そうだよね……ごめんね? 変な姿を見せて」



 たはは、と今にもこぼれ落ちそうな胸を両手で隠しながら、誤魔化すように笑うギャル子に俺は――



「古羊、今のおまえの姿は――120点だっ! よく頑張ったな!」

「し、ししょーっ!」



 パァッ! と顔を輝かせた古羊が、嬉しそうに「うんっ!」と頷く。


 途端に、彼女の大胆に露出した胸の谷間が、ぷるん♪ と波打って……これには俺氏、にっこり☆


 まさかビキニだけじゃなくて、大胆な黒色で攻めてこようとは、恥ずかしがり屋の古羊にしては、かなり大冒険したと言えるだろう。


 まさにスケベの絨毯じゅうたん爆撃機ばくげきき


 これには流石のキリストも、隣人を愛せなくなるレベルだ。



「でも、ちょっとサイズがキツイかな? 水着がお尻に食い込んでるし……」

「いや、そのサイズがいい! 最高だっ!」

「そ、そうかな?」

「あぁっ! メチャクチャよく似合ってるぞ!」



 歯を輝かせながらサムズアップしてみせると、「えへへ……ありがと」と、古羊も照れた顔を浮かべながら、同じくサムズアップを返してくれる。


 師弟の絆が深まった瞬間である。


 まったく、この生足魅惑みわくのマーメイドめっ!


 今年の夏は、浜辺で男どもの視線を独り占めにする気が?


 ……うん? 男どもの視線?



「あっ!」

「うわっ!? びっくりしたぁ。どうしたの、ししょーっ?」



 突然、変な声をあげた俺を、おっかなビックリといった様子で眺めてくる古羊。


 お、俺は今、とんでもない事実に気がついてしまった……。


 このままだと、この色々セクシーな古羊の水着姿を、他の野郎どもに見られてしまうではないかっ!?


 男なんて基本、野獣である。


『おっ、いい女!』と思われたが最後、もう何をされるか分かったもんじゃない。


 世の中、どこに武装ゲリラや奴隷商人が潜んでいるのか、分からないのだから。


 こんなセクシーな恰好かっこうで浜辺なんか歩こうものなら……危ないっ! 古羊が危ないっ!



「なぁ古羊よ? その水着は、俺からのプレゼントとして、ぜひとも買わせてくれないだろうか?」

「ぷ、プレゼント? ししょーが、ボクに?」



 いきなりの申し出に、どこか困惑気味の古羊が頬を赤らめる。


 そんな彼女に力強く「あぁ」と頷きながら、俺は真剣な表情で彼女の顔を見つめた。



「代わりに、新しい水着を買ってくれ。今度はあまり露出が多くないヤツでな」

「う、うん。それはいいけど……なんで?」



 きょとん、とあどけない表情で首をかしげる古羊。


 古羊が奴隷商人に捕まらないためにも、ここで下手に誤魔化すのは愚策中の愚策。


 ゆえに、彼女の身を守るためにも、正直な気持ちを打ち明けるべきだろう。


 そう判断した俺は、キリッ! としたイケメンボイスを心掛けながら、満を持して口を開いた。



「他の野郎どもに、古羊のその水着姿を見られるのが嫌だ」

「し、ししょー……。う、うん。わかった」



 どこか照れくさそうに、唇をもにょもにょさせる古羊


 ほんのりと頬を蒸気させ、身をくねらせる彼女に、俺はトドメの一言をブチこんだ。



「だからその水着は、今度、俺と部屋で2人っきりのときに着てくれないか?」

「いろいろ台無しだよ……」



 このハレンチ水着を着て、古羊が我が家に来る。


 それを想像しただけで……オラ、ムラムラすっぞ!



「よしっ! そうと決まれば善は急げだ! さっそく買ってくるから、その黒ビキニを脱いでくれ!」

「まだ何も決まってないけど……まぁいいか」



 苦笑を浮かべながら、そのプリケツに食い込んでいる黒ビキニのボトムズに手を伸ばす古羊。


 彼女のしなやかな指先が、はち切れんばかりのヒップにセクシーに食い込んでいるボトムズのふちを持ち上げ――ピタリと停止した。


 うん? どうしたのだろうか?


 俺の方へお尻をグッ! と突き出すような形で一時停止する、なんちゃってギャル。


 おいおい、俺を誘っているのか? 仕方ないな、どれどれ……。


 誘われるがまま、試着室の中へと足を踏み入れようとする俺よりも早く、古羊の控え目な声が耳朶を揺さぶった。



「あの……ししょー? そのぉ、ね?」

「どうした?」

「き、着替えるから、出て行って欲しいんだけど……」

「気にすんなよ、友達だろ?」

「気にするよっ!?『ともだち』以前に男と女だよっ!?」



 古羊がワケの分からないことを、ピーチクパーチクわめきだす。


 それどころか、グイグイと俺の顔を、そのちっちゃなお手々で押してきて、こらこら待て待て?



「うぉぉぉぉっ!? 負けてたまるかぁぁぁぁぁぁっ!」

「踏ん張らないでっ! ――って、なんで中に入ってこようとするの!? 意味わからないよっ!?」

「さらに向こうへ! プルス・ウルトラぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」

「ひやぁぁぁぁぁぁぁぁ――っっ!?!?」



 古羊の愛らしい悲鳴が入場のファンファーレとなって、俺の身体に降り注ぐ。


 ふはははははっ! もう誰も俺を止めることは出来んぞぉぉぉぉぉっ!


 頭の中で『暴走特急シロウ・オオカミ~止まらないエロス~』という、深夜帯に放映すればDVDが5万枚ほど売り上げるであろうサブタイつきタイトルが浮かび上がるが、今はそんな事はどうでもいい!


 一刻も早く、古羊の黒ビキニを購入するべく、迅速に彼女を脱がさなければ!


 これはもはや、俺の使命と言っても過言ではなかった。



「ほぅら、古羊? はやく脱ぎ脱ぎしましょうねぇ~?」

「わ、分かった! 分かったからっ! 分かったから、一旦ししょーはお外へ……ちょっ!? すごい力だっ!?」

「大丈夫、何もしないから! 天井のシミを数えてたら終わるからっ!」



 ――チョン、チョン。



「天井のシミって何っ!? 何をする気なの、ししょーっ!?」

「い、言わんなよ、恥ずかしい……」

「恥ずかしいっ!? 恥ずかしい事されるの、ボクッ!? 今からっ!?」



 ――チョン、チョン。



「よし、分かった! なら古羊はトップスの方を頼む。ボトムズの方は俺に任せろ!」

「任せられないよっ!?」

「ガハハハハッ! なぁに、遠慮することはないっ! 弟子を労(いた)わるのも、師匠の務めだ!」



 ――チョン、チョン。



「――んもう、誰ぇ? さっきから俺の肩を叩く不届き者はぁ? 今、イイ所なんだけどぉ?」



 執拗に俺の肩を指先でチョンチョン叩いてくる愚か者に対して、思わず不満気な声が唇からまろび出る。


 まったく、これからお楽しみだっていうのに、邪魔しおって……。


 腹が立ったので、一言文句を口にしてやるべく振り返ると、そこには。



「随分とまぁ、面白そうな事をしているなぁ大神?」



 俺の背後、そこには、紺色の上下に帽子を被った屈強そうなオジサンが居た。


 最近はお世話になっていないが、見間違えるハズがない。


 俺を幾度いくどとなく誤認逮捕してきたジャパンの番犬、警察官だ。



「あっ、お久しぶりです。1月ぶりくらいですかね?」

「もう、あの逮捕からそんなに経つのかぁ。時間の流れは早いもんだ」

「まったくです」



 あははははっ! と爽やかに笑い合う、俺と警官。


 まるで10年来の親友と久しぶりに会ったかのようなウィットさで、カラカラと笑い合うその姿は、見る者の心すべてをほっこり♪ させたに違いない。


 それはそうと、さっきから俺の肩を肩こりごと粉砕せんばかりの勢いで掴んでいるのは、一体どういうことですか?


 すごいメリメリ言ってるんですけど?


 人体が発しちゃいけないパッションを、かなでているんですけど?


 ……いや、もうよそう。


 現実を受け止める時間がやって来たんだ。



「それじゃ、行こうか?」

「はい」



 警察官の言葉に、にっこりと頷きながら、光さす道を歩き出す。


 2人一緒に歩き出す。


 交番へと続く道を――歩き出す。



「今日は長いぞ?」

「はい」



 敗北交番へと歩む足は、少しも震えていなかった。

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