第8話 なんやかんやで古羊洋子はモテモテである

 それは学校行事の後のお約束。


 俺とメバチ先輩の『わくわくお勉強デート』&『オカマさんの廃人キッス事件』から3日が経った、ある夏の日の昼下がりにて。


 俺と芽衣、そして古羊は、夏休みだというのに制服に袖を通して、森実高校へとやって来ていた。



「あっ! ししょー発見! 見て見て2人とも、63番だよ!」

「接客中のときの士狼ですか。……なんでこの士狼は白目を剥いているんですか?」

「うわっ、マジだ! って、こっちの俺も白目を剥いている!? ちょっと実行委員!? 俺の写真だけ、作為的な悪意を感じるですけど? もっとちゃんとイケてる部分を撮ってくれよな!」



 1階の渡り廊下にズラッ! と並べられたパネルをワクワクした面持ちで眺める俺たち。


 そう今日の目的はこの写真。


 これは今年の森実祭実行委員とゲリラ写真部が撮影したピクチャであり、生徒達は1枚コスト10円を支払うことによって購入することができる、何とも画期的なシステムなのだ。


 期日までに写真をチェック、焼き増し希望の番号をメモし、そのメモとクラスと名前と代金を封筒に入れ、生徒会室の前に置かれている目安箱的な箱に投函すれば後日、2学期の頭にクラスごとにまとめて届く仕組みになっている。


 まぁ簡単に言ってしまえば、誰が誰の写真を買ったのか、人知れず購入できるシステムが確立されているのだ。


 当然、絶賛思春期ど真ん中のボーイ&ガールズたちが、自分の映っている写真をバカ正直に買うわけもなく、



「た、大変だアマゾン! 119番の大和田信菜ちゃんの写真が、横乳まる見えだってよ!?」

「な、なんだと!? 行くぞ相沢、間に合わなくなっても知らんぞぉぉぉぉぉっ!」



 アマゾンがハツラツとした声音で「よ・こ・ち・ちぃぃぃぃ♪」とシャウトしながら、相沢と共に廊下を疾走していく。


 とまあこのように、多くの生徒がアマゾンと同じく、片思いをしている『あの子』の写真を合法的に奥ゆかしくゲットしているのだ。


 こればっかりは、どれだけスマホが普及しようとすたれることはないだろうな、と確信しつつメモ欄にこっそりと「119番」と書きこむ。



「士狼? 何をどさくさに紛れて、大和田さんの写真を購入しようとしているんですか?」

「ししょーのえっち……」

「おっと! 俺としたことが、ついうっかり☆」


 うっかり、うっかり♪ と可愛らしく舌を出しながら119番を消す――フリをして、その横に1ダースと記入する。


 一応はバレていないつもりだが、そんな俺の一部始終をジットリと下から覗きこんでいた芽衣と古羊が小さくため息をこぼした。



「ほんと士狼の性欲の強さには、驚きを通り越して殺そうかと思うときがあります」

「おいおい、素がハミ出てるぜ生徒会長? あと古羊ちゃん? 無言で師匠の足を踏むんじゃありません、地味に痛いんだよソレ?」



 猫を被った芽衣からチクチクとした視線を向けられ、古羊からはふみふみと子猫のように足を踏まれ続ける。


 まったく、俺がドMだったら、涙を垂れ流して感謝の言葉を並べているところだぞ?



「それにしても、改めて見ると凄い枚数だねぇ」

「生徒全員が必ず1枚は写るように撮っているらしいですよ?」

「ねぇ? 俺の足を踏みながら普通に会話するの、やめてくんない?」



 サラリと俺の苦言を受け流す2人の視線は、目の前の大量に写真の張られたパネルに釘づけであった。


 もちろんパネルに並べられた写真は、全部先日の森実祭の写真だ。


 飾り付けられた教室の前で、肩を組みピースサインを浮かべている1年生男子から、彼氏の頬にフレンチキスをかますカップル――まあ元気と司馬ちゃんのことなんだが――の写真に、それを見て発狂しているどこぞのマッドサイエンティストの姿など、写真はあらゆる色彩と多才な角度で、たくさんの笑顔を切り取っていた。


 中でも芽衣の写真はパネル1枚を丸々占拠し、特設コーナー化されており、健全な県立高校の廊下で一際ひときわ異彩を放っていた。



「……なんでわたしの写真だけ、特設コーナーみたいな扱いになっているんですかね?」

「しょ、しょうがないよ。だってメイちゃん、有名人なんだし」

「そんな余裕ぶった態度で居ていいんですか洋子?」


 ほえっ? と間の抜けた声を漏らす古羊の視線を誘導するように、芽衣がとあるパネルへとその白魚のような指先を向ける。


 釣られて俺と古羊も素直に指先の方へと瞳を向け……「ふわっ!?」と古羊が変な声をあげた。



 ――そこには、芽衣と同じくパネル1枚まるまる特設コーナー化された古羊の写真たちが、堂々とその存在感を主張するように鎮座ちんざしていた。



「な、なんでっ!? なんでボクまでメイちゃんと同じ扱いなの!?」

「いやまぁ、当然の結果なんじゃねぇの? なんせ『第1回のど自慢大会』の初代優勝者なんだし」



 うぐぅ!? と何とも言えないうめき声をあげる古羊。


 その瞳は、優勝者に送られる王冠とトロフィーを抱いた、自分の姿が写った写真を捉えていた。



「洋子は知らないかもしれませんが、あなた今、学校中の生徒たちの注目の的なんですよ?」

「まあ、この容姿ルックスにアレだけ綺麗な歌声をしてたら、そりゃ注目も浴びるわなぁ」

「そ、そんなぁ~、ボクはただメイちゃんの代理で出ただけなのにぃ~」



 ボッ! と顔を赤くしながら今にも消え入りそうな声で小さくつぶやく古羊。


 小さい体をさらに小さくしようと身を縮めるが、その大きなメロンだけは小さくすることが出来ず、なんだかちょっとしたグラビアアイドルのような格好になってしまう。


 ほほぅ、いいじゃないか。将来は都心のキャバクラで出稼ぎにでも行くのかな?


 思わずそんな古羊の姿に生唾を飲み込んでしまうが、すぐさま芽衣にジロリ! と睨まれたので慌てて視線を逸らす。


 芽衣はそんな俺から視線を切り、古羊の方へスッ、と手を差し伸べ言った。



「ようこそ、こちら側へ」

「うぅ……嬉しくないよぉ」



 ウェルカム! とばかりにニッコリと微笑む芽衣と、不満気に頬を膨らませる古羊。


 これで古羊も晴れて高嶺の花デビューが決まったわけだ。やったね!


 と心の中でサムズアップしていると、下級生と思われる1人の女子生徒が「あ、あの……」と控えめに古羊に声をかけてきた。



「こ、古羊センパイですよね?」

「う、うん。そうだけど……えっと、あなたは?」

「わ、ワタシ! 1年の佐藤玉緒《さとうたまお》って言います! あ、あのコレ!」



 困惑する古羊の目の前にズイッ! と黒のマジックペンと何も書かれていない色紙がつき出される。


 ソレを見て頭の上に「?」を浮かべる我らがなんちゃってギャルに、佐藤ちゃんは頬を赤く染めながら言った。



「も、森実祭で歌声を聞いてからのファンで、その……サインください!」

「ふぇっ!? さ、サインってボクの? ぼ、ボクなんかのサインでいいの、本当に?」



 コクコクと無言で何度も頷く佐藤ちゃん。


 その瞬間、「あ、あたしも!」「おれも、おれも!」と砂糖に群がるアリのように古羊の周りに人垣が出来上がる。


 おぉ、こりゃまた凄い人気だな。


 なんて思っていると、隣に居たハズの芽衣が古羊の真横まで移動しており「落ちついてください、みなさん」と興奮気味だった生徒たちをたしなめる。


 すると水を打ったように静かになる廊下。


 さすがは我が校の誇るカリスマ生徒会長だ。


 芽衣は静かになった生徒達をゆっくりと見渡しながら、女神のような慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、



「――サインは1人100円からですよ」



 あっ、違った。


 女神じゃなくて悪魔だったわ。


 芽衣の言葉をきっかけに、次々と生徒達が100円を取り出して古羊にサインをねだる。


 なんか変な商売が始まったぞ?


 てんやわんやになりながらも、必死にサインをしていく古羊とほくほく顔の芽衣。



「……写真、選ぼ」



 自然と輪の外へとはじき出された俺は、1人虚しく、ガラガラになった写真パネルへと視線を移した。


 べ、別に寂しくないんだからね! ほんとなんだからね!


 と心の中でツンデレを演じながら、俺は今見つけた妙にエロイ格好をした大和田信菜ちゃんの写真を購入するべく、こっそりとメモに番号を記入した。

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