第10話 ターニング・ポイント

「お待たせしました! ご注文は何に致しましょうか?」

「『タピオカミルクティー』と『ビフィズス菌の祝福』を1つください」

「かしこまりました。それでは容器に書くお名前はいかがいたしましょうか?」

「それじゃ『祝! タピオカくそ女デビューっ!』と『イキって注文してみたはいいが、内容はまったく分かっていないオカマ』でお願いします」



 ガチムチナース姿のまま、店員にふんした女子生徒からタピオカミルクティーとヤクルトを1本ずついただく。


 時刻は午前11時少し前。


 森実祭の熱気が校舎全体へと伝播でんぱし、廊下を歩く生徒たちの顔に、笑顔という名の花が咲き乱れる。


 そんな中、俺、大神士狼はクラス展示の喫茶店を手伝うことなく【戦力外通告】という名のちょっと早めの休憩へと洒落しゃれこんでいた。



「古羊ぃ~。ほい、タピオカミルクティー」

「あ、ありがとう、ししょー。いくらだった?」

「別にいらんぞ?」

「だ、ダメだよそんなのっ! だってボクのせいでししょー、お店を追い出されちゃったし……」



 店のすぐ近くの廊下の隅っこで、ご主人さまの帰りを待つ子犬よろしく、待機していた古羊の架空のイヌミミとシッポが『しゅん……』と垂れる。


 まだそんなコト気にしてんのかコイツ? と心の中で苦笑しながら、買って来たタピオカミルクティーを無理やり握らせた。



「気にすんな。俺も『そろそろ遊びてぇなぁ』って思ってたから、ちょうどよかったわ」

「で、でも……」

「『でも』じゃありません。俺も男の子なんだからさ、ちょっと位、見栄を張らせてください、お願いしますっ!」

「う、うん……」



 俺が断固として小銭を受け取る気がないと察した古羊は、しぶしぶ財布をポケットの中に仕舞い込んだ。



「……ありがとう」



 小さな声でそうつぶやくと、「えへへぇ」と嬉しそうにはにかみながら、架空のシッポをブンブンと振り回すなんちゃってギャル。


 その笑顔はたかが数百円の対価にしては貰い過ぎたかもしれない。


 おいおい、可愛すぎだろおまえ?


 キスしてやろうか? おぉっ?



「さて、それじゃまずはどこから観て周るよ?」



 女の子のために散財できる喜びに身を震わせながら、ヤクルトを一気にあおると、古羊は「あっ、ちょっと待ってね!」とポケットから長方形型のパンフレットを取り出して。



「ここっ! 最初はここに行こうよ!」



 と言って、『とある』お店の一角を指さした。


 え~と、なになに?



「『絶対当たる! 占いの館』? うわっ、胡散うさんくせっ!?」

「う、胡散臭くないよ! さっきね、クラスメイトの友達に聞いたんだけどね? そこの占い、かなり当たるらしいって評判になっているだって! ね、ね? 行ってみようよ!」

「ほいほい、占いの館ね。じゃあ行くか」



 やったぁ! と架空のイヌミミをピコピコさせる古羊。


 ほんと女という生き物は、占いとネットゲームが大好きだよなぁ。


 ……いや、ネットゲームが好きなのはウチに姉だけか。


 そもそもあのモンスターを『女』にカテゴライズして良いものか……。



「どうしたのししょー? 急にボーとしちゃって?」

「何でもねぇよ。ほれ行くぞ」

「あぁ!? ま、待ってよぉ、ししょーっ!」



 トコトコと俺の後ろをタピオカミルクティー片手についてくる。


 その姿が妙に子犬チックで、俺は人知れずほっこりと癒された。




◇◇




「――次に方どうぞ」



 男子生徒の案内に従い、暗幕で仕切られた部屋の中へと足を踏み入れ「おぉ……」と思わず声をあげてしまう。



「意外と雰囲気あるな」

「ねっ。流石は話題になっているだけあるよ!」



 パタパタ♪ と架空のシッポを左右に振りながら、ワクワクした面持ちの古羊と共に、いかにもハロウィンの仮装に出て来そうな魔女の格好をした女子生徒の前に座らせられる。



「ようこそ、占いの館へ。今日はどんなことを占いに来たんですか?」

「な、何を占ってもらおうか、ししょー?」

「古羊の好きなヤツでいいぞ」



 いいの!? と嬉しそうな顔をする古羊。


 そこまで嬉しがられると、なんだかこっちまで嬉しくなってくる。


 上機嫌になった俺は「おう、好きなヤツを選ぶがいい」とふんぞり返りながら頷いた。


 まぁ学生がやっている占いだし、底が知れているだろう。


 と、適当な気持ちのまま、古羊と女子生徒の会話に耳を傾ける。



「えっと、それじゃ! こ、ここ、こ、恋のっ! 相性占いで、お願いしまふっ!」

「恋の相性占いですね、かしこまりました。それでは、お2人の手相を拝見させていただいても、よろしいでしょうか?」

「はい、どうぞ!」



 バッ! と、胡散臭さマックスハートの女子生徒に向かって両手を差し出す古羊。


 片手で十分ですよ? と苦笑を浮かべる女子生徒に、古羊はカァ! と顔を赤くしながら、おずおずと右手を引っ込めた。


 クソがっ! いちいち仕草がプリティなんだよ、おまえはっ!


 お持ち帰りするぞゴルァ!?



「ふむふむ、なるほど……。どうやらお姉さんは見た目に反して、繊細でデリケートな人のようですね」

「わ、わかるんですかっ!?」



 もちのロンです♪ と微笑む女子生徒に、顔を輝かせる古羊。



「引っ込み思案で人見知りが激しいですが、その胸の奥にはダイヤモンドよりも固い意思を宿している。おそらくお姉さんに合う男性のタイプは、グイグイ自分を引っ張ってくれる人ですね」

「ぐ、グイグイ引っ張ってくれる人……」



 一瞬チラッ、と古羊がこちらを見たような気がしたが、手相を確認するべく前かがみになった女子生徒の谷間という名のワンダーランドに全神経を集中させていたため、確認することが出来なかった。


 女子生徒(おそらくDカップ)は、次に俺の差し出している右手に視線を落とした。


 途端に「おぉっ!?」と驚きの声をあげる。


 やっべ!? 谷間見てたのバレたか!?



「お兄さん……童貞ですね?」

「さようなら」



 女子生徒の手を振り払い、席を立とうとする俺。


 ものすごい無駄な時間を過ごしてしまった。


 ほんと15分ほど前の自分をぶん殴ってやりたい気分だ。


 俺がそのまま家路につこうとすると、「ま、待ってよ、ししょーっ!?」と古羊がギュッと制服の裾を握りしめてきた。



「これは彼女なりの冗談だから! 来る男の子には、みんな言っているらしいんだよ」

「冗談にしては質が悪すぎるわ……」



 ほっほっほっ! と楽しげに笑う女子生徒(花柄のピンクのブラジャー着用)に正直イラッとしたのはナイショだ。


 このあま、可愛いブラジャーしてるからって、調子に乗りやがって……っ!


 英国紳士の生まれ変わりと言われている俺じゃなければ、今頃エロ漫画デビューしている所だぞ?



「だいたい、俺は占いなんて非科学的なモンは信じない――」

「ふむ。どうやらお兄さんは、非常にまじめで優秀な才能をお持ちの若者らしい」

「まったくもってその通りです」



 俺は女子生徒の慧眼に、早くも感服した。


 な、なんてお人だ! 能ある鷹は爪を隠すということわざの如く、誰にも分からないように慎ましく完璧に隠し通してきたせいで、もはやここ数年、自分ですら所在しょざいが分からなくなっていた俺の良識と才能を、会って5分もしないうちに見つけ出すとは……この女子生徒は本物だ! 間違いない!



「ふむふむ、なるほど。お兄さんは知的でクール、そして誰もが羨むナイスガイな好青年といったところですかね」

「す、すごい……全部当たってる!」



 古羊の「えっ?」という何か言いたげな視線を肌で感じたが、きっと気のせいだろう。


 それにしても、この女子生徒……本当にすごいな。


 一瞬で俺の才能を発見・看破するだなんて……タダ者じゃあない。


 さすがは話題になっているだけの事はある。



「おや? どうやら今回はコチラの未来を選択なされたようで」

「『コチラの未来』?」

「いえいえ、気にしないでください。それこそコチラの話ですから」



 そう言って、女子生徒は何故か古羊の方に視線をよこし。



「お兄さんの運命はゆるやかに、しかし確実に変わってきております。それが『吉』と出るか『凶』と出るかは分かりません。前回のようなハッピーエンドになるかどうかも、分かりません。ここから先は、誰も知らない未知の未来」

「は、はぁ……?」



 女子生徒がナニを言っているのか理解出来ず、生返事しつつ小さく頷く古羊。


 いやあの……お姉さん? 


 俺と相性のいい女の子の話は何処いずこへ?



「ここから先は、アナタの頑張り次第です。……今度の未来では、むくわれるといいですね?」

「は、はい。が、頑張ります?」

「あの、俺と相性のイイ女の子の話は……?」

「おっと、すみません」



 ペロッ♪ と舌を出しながら、お茶目に誤魔化す女子生徒。


 可愛い、許そう。



「お兄さんと相性がいいタイプの女性は……2通りありますね」

「2通り?」

「はい。1つはまるで悪友のような付き合いができる女性と、もう1つが大人しいが少々嫉妬深い女性ですね。お兄さんはこれらのタイプの女性と相性がよろしいようです」



 ただ、とやや言いにくそうに女子生徒は続けた。



「これは相性占いとは関係ないのですが、お兄さんには厄災の相が出ていますね」

「や、厄災の相? そ、それはまさか……女難の相ですか!?」

「いえ、まったく違います」



 違った。死のっかな?


 これで俺もハーレムラノベ主人公の仲間入り出来ると思ったのに……ファ●ク。


 なぜこうも俺は運命力が足りないのだろう?


 神様はちゃんと仕事をしているんだろうか?



「おそらくお兄さんは、近い将来、大いなる災いに巻き込まれるでしょう」

「大いなる災い……そ、それって地球が爆発とか、そういうのですか!?」

「い、いえ、そこまでスケールが大きい話ではありません。……ありませんが、人によっては地球が爆発することよりも、ツラくて悲しいことかもしれません」



 ち、地球が爆発するよりもだと?



「そ、それ以上の災厄なんて……10個ほどしか思いつかないぞ」

「けっこう思いつくね、ししょー」

「まだお話しは終わっていませんよ?」



 口元に指先を持っていき「静かに」というジェスチャーを見せる女子生徒。


 俺と古羊は「す、すみません……」と軽く頭を下げながら、女子生徒のありがたいお言葉を静聴した。



「いいですか、お兄さん? お兄さんはそこで、自分の運命を決める岐路きろに立たされます」

「運命の岐路きろ……?」

「はい、そこでお兄さんは自分の信念を取るか、それとも最愛の人を取るか選ばされることになります。……ただ、そのどちらを選択しても、お兄さんは酷く後悔することになるでしょう」



 えっ? そんな予測可能回避不可能な状況に追い詰められるわけ、俺?


 おいおい、なんで俺の人生はこうもハードモードなんだ? 


 俺だって神様から貰ったチート能力を我が物で『俺の力(笑)』とかうそぶきながら、楽して人生を謳歌おうかしてぇよ! 


 厚顔無恥こうがんむちな『なろう』主人公のような人生を送りてぇよ、クソがっ!?


 神様、絶対に俺のこと嫌いだろ? ……って、あれ?


 最愛の人って言った、今?



「す、すみません! ちょっと聞き捨てならない言葉があったんですが、さっき『最愛の人』って言いましたか!?」

「? はい、言いましたけど……?」

「マジすかっ!? マジですかっ!?」



 グィッ! と机の上に身を乗り出しながら、女子生徒に顔を近づける。


 みっともなく鼻息が荒くなるが、そんなこと今はどうでもいい!



「『最愛の人』ってことはですね!? 近い将来、俺にもガールフレンド(ガチ)が出来るってことでしょうかっ!?」

「そ、そういうことになりますね」

「よっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」



 頬を引きつらせながら、軽く身を引く女子生徒の前で、全力ガッツポーズを見せる。


 そんな荒ぶる俺の制服の裾を軽く引っ張りながら「お、落ち着いてししょーっ! み、みんな見てるから!」と顔を赤くする古羊。


 おっと? クールで知的なタフガイな俺としたことが、少々取り乱してしまったらしい。


 周りの生徒たちに「失敬」と謝りながら、身なりを整え、再び女子生徒と向かい合う。



「そ、それで? その『最愛の人』とは、一体誰なんでしょうか?」

「それはワタシにも分かりません。が……1つだけ忠告させて貰えるのであれば」

「貰えるのであれば!?」



 女子生徒はチラッ、と古羊の方に視線を向け。




「――案外、幸せはすぐ近くに転がっているのかもしれませんねぇ」

「あぅ……」




 瞬間、クスクスと笑う女子生徒に対して、何故か古羊は小さくうめきながら、顔を赤くしてうつむいてしまった。

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